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口論

 なんてタイミングで登場したのか。

 理事なんて、入学式や卒業式以外やってこない、なんて話をどこかで聞いていたのだが。

 リンデンブルク大公が目撃したのがヴィルの背中側だったら、目にゴミが入ったとか言ってなんとか誤魔化せた。

 けれども今回に限っては、出入り口の扉からバッチリ抱き合っている様子が見えただろう。

 それにしても、こういうときは大抵離れるものだが、ヴィルは私を抱きしめたまま動こうとしない。

 私から離れようにも、がっしり腕が回されているため、脱出など不可能であった。


「そこで二人して、何をしている」

「父上、二人ではない。そこにいる女子生徒が見えないのか?」


 あろうことか、ヴィルはジェムを見やり、二人っきりではないと主張していた。

 ここでリンデンブルク大公が女子生徒の姿に変化したジェムに気づいたようだ。


「なっ、なんだ、このスライム頭の娘は!」

『スライムじゃ、ないー』


 ジェムが喋った!!

 この子、無口なだけで、喋ることができるのか。

 リンデンブルク大公も驚いた表情でいたが、それ以上に主人である私がびっくりしてしまう。


「いいや、スライム頭のことはどうでもいい! 今、ここで何をしていたのかと聞きたい! あと、いい加減離れないか!」


 反抗期なのか、ヴィルは余計に私をぎゅうっと抱きしめる。

 ここは素直に離れたほうがいいのではないか、と思ったものの、もしかしたら私の存在を隠してくれているのかもしれない。


「ヴィルフリート、最近のお前は、少しおかしい。ずっといなかった当番生も迎えたというではないか。どこの誰なんだ?」

「ここにいる彼女――ミシャ・フォン・リチュオルだ」


 この状況で紹介したーーーーー!?

 どうやら私を抱きしめて、リンデンブルク大公から隠しているわけではなかったようだ。


「なぜ、抱きしめたままでいる?」

「父上が恐ろしいあまり、彼女が窓から逃げるかもしれないからです」


 まさかの、私の逃走を警戒しての行動だった。

 リンデンブルク大公を見ただけで窓から逃げるほどアクティブな奴だと思われていたなんて。

 そんなに活きはよくないので安心してほしいのだが。

 むしろ私は、強者を前にしたら死んだふりをするオポッサムのように、硬直して動けなくなるタイプだろう。


「あの、ヴィル先輩、逃げないです。だから離してください」


 そう訴えると、ヴィルは私を解放してくれた。

 リンデンブルク大公は呆れた視線を私に向けていた。


「改めて聞かせていただこう。お前達はそこで抱き合って、何をしていた?」

「ミシャは関係ない。単に私が、彼女の献身に感激して、抱きしめてしまっただけだ」


 適当に誤魔化すのかと思いきや、ヴィルはまともに説明をし始める。

 単純に安心して料理を食べられることに対する喜びかと思っていたのに、私がお弁当を作ってきたという行動がうれしかったようだ。


「ヴィルフリート、毒を警戒するように言ったはずだ。私が用意した料理人と、毒を防ぐ銀食器以外の食事を口にすることなど許さない」

「その対策により、私の食欲が失せていた件については報告がいっていなかったのだろうか?」

「もちろん把握している。けれどもそれは、お前の好き嫌いだろうが」


 ヴィルとリンデンブルク大公の間にピリピリとした空気が流れる。

 きっとリンデンブルク大公はヴィルを心配して、厳しいことを言っているのだろう。

 一方で、満足に食事ができないでいるヴィルの気持ちもよくわかる。

 双方の気持ちがすれ違っているのだ。


「その女が毒を盛ったら、お前は今度こそ命を落とすだろう」

「ありえない。彼女のことは、この世で一番信用している」

「会って一年にも満たないような女を信用するなど、お前も落ちぶれたものだ」


 私のためにケンカは止めて!! なんて叫んで双方の間に飛び込む勇気なんてなかった。

 ふと、ジェムを見てみると、恋する乙女のようなポーズでヴィルとリンデンブルク大公の様子を交互に眺めていた。

 ああいう仕草はどこで覚えているのか。謎でしかなかった。

 女子生徒としての演技のクオリティよりも、顔のクオリティを上げてほしかったのだが。


「もういい。お前のことなど知らぬ」


 リンデンブルク大公はそう言って退室し、バタン! と大きな音を立てて扉を閉めた。

 ヴィルは盛大なため息を吐く。


「ミシャ、父がすまなかった」

「いえ、その、理事のあとを追わなくてもいいのですか?」

「必要ない。どうせやってきたのも、ノアについて聞きたかっただけだろうから」

「そうでしょうか?」


 もしかしたらヴィルの食欲がないという報告を聞いて、心配して様子を見にきたかもしれないのに。

 売り言葉に買い言葉、という感じで、素直になれなかったかもしれないのに。


「それはそうと、どうして理事に私の祝福について話さなかったのですか?」

「悪用されないようにだ。祝福を持つ人間は極めて稀だからな」

「たしかに、言われてみればそうですね」


 なんでも王族ですら、ヴィル以外の人達は祝福を持っていないらしい。

 私の祝福については詳しく把握していないものの、中級レベルくらいの解毒効果が口にできるものすべてに付与されるというものだろう。勇者や聖女の祝福に比べたら大したものではない。けれども祝福を持っているということ自体が珍しいので、悪い人達の目にとまったら、利用される可能性があるわけだ。

 その危険性についてはまったく考えていなかった。


「他の者に口外はしていないだろうな?」

「ええ。ヴィル先輩とホイップ先生以外知りません」

「ならば、今後も誰にも言わないように」

「わかりました」


 自分の身を守るためにも、祝福については黙っておいたほうがいいのだろう。

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