ヴィルが望むもの
「まあ、そんなわけで別に寮に戻っても友達がいるわけではないので、安心してほしい」
それは安心していいことなのか。よくわからない。
「どうせ一人でいても、ぼんやりしているだけだ。それよりも、ミシャに勉強を教えているほうが、有意義な時間と言えよう」
「そう、なのでしょうか?」
「間違いない」
「それに――」
「それに?」
ヴィルは目を眇め、まるで悪巧みをしているような表情を浮かべる。
「こうして勉強を教えれば教えるだけ、ミシャにとって私はなくてはならない存在へとなるだろう。少しでも多くの時間を過ごし、最終的に離れがたく思うようになってくれたら嬉しい」
それはどういう意味なのか? 考える間もなく、ヴィルは言葉を付け加える。
「私が卒業してからも、ミシャのもとへやってきて、勉強を教えるから」
「ど、どうしてそこまでしてくださるのですか?」
「どうしてって、ミシャは私の命の恩人だ。レイド伯爵の襲撃のさいに、守ってくれただろう? それに報いるためには、なんだってしてやる」
命の恩人と言っても、実際にヴィルを助けたのはジェムである。
そこまで気負わないでいただきたいのだが……。
「そもそも、卒業後も学校に立ち入ることなんて、可能なんですか?」
「忘れたのか? 私はヴァイザー魔法学校の理事の息子だ。不可能なことなど、ここの学校内に存在しないだろう」
「たしかに、そうかもしれませんが」
恩返しがどうとか言っているが、いささか大げさではないのか、と思ってしまう。
「その、私にとっての恩返しは、ヴィル先輩が元気で健康に、明るい人生を送ることです。それ以上、望むものは何もありません」
「そうか」
ヴィルは途端に、にっこりと微笑む。
常に無表情なお方の笑顔は破壊力が強いので、不意打ちで見せないでほしい。
「私が元気で健康に、明るい人生を生きるためには、ミシャが必要だ。そういうふうに願ってくれるのであれば、可能な限り私の傍にいてくれ」
「なっ……!?」
あまりのとんでも理論に、言葉を失ってしまった。
「長く話しすぎたな。今日は疲れただろう。ゆっくり休むように。では」
「あ、待ってくだ――!!」
ヴィルは転移の魔法巻物を使ったようで、この場からすぐにいなくなった。
一人残された庭先で、思わず叫んでしまう。
「どうしてそうなったのーーーー!?」
ジェムが触手を伸ばし、私の肩を慰めるようにポンポンと叩いてくれる。
そんなジェムを振り返ると、諦めろ、とばかりの目で見つめていた。
私の人生は前途多難なようだ。
◇◇◇
あつあつのお風呂に浸かりながら、雪魔法で冷やした薬草茶を飲む。それが私にとっての贅沢な時間なのだ。
ジェムも浴室にやってきて、カップを置くミニテーブルを作ってくれる。
カップが空になると、ポットの中から注いでくれるのだ。至れり尽くせりというわけである。
薬草茶をちびちび飲みながら、ぼんやり物思いに耽る。
先ほど、ヴィルの食欲がない、という話が引っかかっていたのだ。
無理して銀器を使う必要はないと思うのだが、毒を警戒しなければならないので、そういうわけにもいかないのだろう。
私が作った料理ならば、食べられるようになるかもしれない。
もしもヴィルが食べたいと望んでくれたら、学校側が銀の食器を提供してくれるのだろうか。
なんて考える中で、ふと気付く。
そういえば、私が調合する魔法薬には解毒作用が付与されるのだ。なんでもそれは、神様から授けられし祝福らしい。
意図せずとも、自動で解毒作用が付与されるようだ。
もしかしたら、魔法薬以外にも付与されているのではないのか。
そう思って、鑑定魔法で薬草茶を調べてみた。
すると――。
「やっぱり、解毒作用が付与されているわ!」
もしかしたら液体限定という縛りがある可能性もあった。
お風呂から上がり、タオルで髪や体を拭いたあと、作り置きしていたベリージャムや熟成中のケーキなどを確認してみた。
結果、すべての料理に解毒作用が付いているようだ。
ならば、銀器を使わずとも、ヴィルは安心して料理が食べられるということになる。
明日から、彼のためにお弁当を作ってみよう、と思い立ったのだった。