衝撃の真実
ヴィルは理事のご子息、ということは、リンデンブルグ大公家の人間ということになる。
いいところのお坊ちゃんレベルではない。
リンデンブルグ大公は王弟なので、王家の血を引くお方だ。
そんな高貴なお方に勉強を教わった挙げ句、私の料理を食べさせていたなんて。
よくよく考えてみたら、ヴィルは王家の血筋の証である金色の髪と緑の瞳を持っていた。
理事を見たときには気づいていたのに……。
自らのポンコツっぷりに頭を抱える。
王弟である大公を父に持つヴィルは、レナ殿下の従兄になるのだろう。
レナ殿下を知っていると言った時点で、そんじょそこらのお坊ちゃんではないと気付くべきだったのだ。
「おい」
「ああ、私はなんて罪深いことを……」
「おい、雌豚!」
「は、はい!」
雌犬、泥棒猫ときて、次は雌豚と呼ばれてしまった。
この子は本当に口が悪い。
そういえば、ヴィルが社交界デビューを迎える妹がいると言っていたけれど、彼、ノアのことなのだろうか。
そういえば、妹さんと参加しないのか、と聞いたとき、なんとも複雑そうな表情を浮かべていたような。
弟を妹と偽り、社交界へ送り出すことに対し、何か思うことがあったのかもしれない。
そもそもなぜ、彼は女性として育てられたのだろうか。
きっと深い事情があるのだろうが……。
「矯正下着を締めずに結んで、ボタンを閉じろ」
「え、ええ。いいけれど、もう平気なの?」
「いいからやるんだ」
「はいはい」
私が背後に回ると、ノアはどこからか飴玉を取り出し、巻きつけてあった銀紙を解いて食べていた。なんとも優雅なものである。
言われたとおり矯正下着のリボンを結び、ボタンを閉じようとしたが――。
「あ、だめだわ。これ、矯正下着を締めないと、ボタンが留まらないみたい」
「そんなわけないだろうが!」
「本当だって」
これくらいの年頃の子は成長期なので、少し前に採寸して仕立てたドレスでもすぐに小さくなってしまうのだろう。
「くそ! これから大事なことがあるのに!」
ノアも王妃殿下と王太子殿下に拝謁するのだろう。
ただ、矯正下着を締めた状態では、立っているのもままならないように見えた。
どうにかならないのか、と考えた結果、あることを思いつく。
「ボタンを全部取って、ボタンホールにリボンを通して、編み上げ状にして結ぶのはどう? 少し背中が見えてしまうけれど」
「それだ!」
矯正下着を外し、リボンを抜く作業をノアにしてもらう。
その間、私は果物を剥くために置いてあったナイフでドレスに縫い付けてあったボタンの糸を切っていく。
すべての糸を取り除いたのと同時に、目の前にリボンが差しだされた。
「早くしろ」
「わかっているわ」
なぜ、こんなことをしているのか。
なんて思っていたが、よくよく考えたら、今私が着ているドレスはノアのものだ。
アレンジをしているので本人は気付いていないだろうが。
負い目があるので、彼の命令を断れないのかもしれない。
ボタンホールにリボンを通し、編み上げていく。
ノアはきれいな背中の持ち主なので、素肌がほんの少し見えていても問題ない。
「――できた!」
「でかした、雌馬!」
雌馬に至っては、悪口だかどうだかわからなくなってしまう。
まあ、どうでもいい。今は彼を助けられたことに対し安堵していた。
ノアは舐めていた飴をガリゴリ噛んでごくんと呑み込む。
胸を押さえ、何度か咳き込んだ。
のど飴か何かだったのか。と思っていたが、次の瞬間には、黒ツグミみたいな美しい声で喋り始めた。
「ふふん、一応、感謝しておく。よくやった」
「え!? 声、どうしたの?」
「知らないのか? これは声変わりの飴だ」
「そんなものがあるのね!」
声が少女のものだと、完全完璧な美少女だ。
その声だと男だとばれるのでは? と思っていたものの、その手があったか、と膝を打ってしまう。
「お前、私が男であることを誰かに言ったら――」
ノアはぐっと接近し、にっこりと艶やかに微笑む。
「冤罪ふっかけて、家族ごと破滅へ追いやるからね」
「ひっ!!」
言わない、言うわけがない、と首を高速で横に振った。
「雌蟹、名前は?」
今度は蟹! もはやおいしそう……ではなくて。
言いたくないが、言わないとあとで大変なことになりそうだ。
ここは素直に名乗っておく。
「ミシャ・フォン・リチュオルよ」
「ふーーん、リチュオル……雑魚貴族か」
雑魚でもなんでもいいから、早く解放してほしい。
神様に祈ったのに、ノアは私の腕をガッと掴む。
「裳裾がクソ長くて歩きにくいんだ。大広間まで運べ」
「え、いや、私、ヴィルと廊下で待ち合わせをしていて」
「いいから言うことを聞くんだ、この雌鶏!」
ここで雌鶏が出てくるんだ! と罵倒のバリエーションに少し感動してしまう。
だんだんおいしそうなラインナップになっていくのもポイントが高い。
この美しき暴君は言いだしたら聞かないのだろう。
仕方がないと思い、付き合ってあげることにした。
私が裳裾を持ち上げると、ノアは満足げに頷いた。
「そういえばあなた、介添人は?」
「撒いた」
「ど、どうしてそんなことをするの!?」
「金魚の糞みたいで邪魔だったから」
「はーーーーー」
なんて子なの、という言葉はぐっと呑み込んだ。