パーティー会場にて
大勢の参加者がダンスに興じているようだった。
ダンスフロアは薄暗いので、近づかないと顔の判別がつかなかった。そのためツィルド伯爵の姿は確認できない。
どうしようか。
怪しい人がいないのであれば、これ以上この場にいる必要はないのだが。
ヴィルに判断を委ねようとした瞬間、声がかかった。
「お嬢さん、少しいいかな?」
振り返った先にいたのは色つき眼鏡をかけた、四十代後半くらいの男性。
無精髭を生やし、燕尾服は少しくたびれていて、若干うさんくさい雰囲気がある。
もしやルシー・ド・ティナールの知り合いとか?
だとしたら困る。
なんて思っていたのだが――。
「ルシーに何か用事だろうか?」
ヴィルが私を背中に隠すように立ち、間に入ってくれた。
「ああ、いや、ルームーン国からやってきた貴族がいるって聞いたものだから」
「誰から聞いた? 私達はこの船の中に、紹介してもらえるレベルの知人など乗っていなかったはずだが」
「あ~、え~~っと、ははは、誰だったかな?」
どうやらこの船の個人情報は筒抜けらしい。
もしかしたらそういう情報の売買が行われている可能性もある。
ヴィルに問い詰められた男性は、明らかにうろたえた様子でいた。
「言えないのであれば、失礼させていただく」
「いや、待って! 言うから!」
ただし別室を希望していた。
ヴィルは船の最上階にある、店はどうかと提案する。
「あそこは、会員制で誰でも入れるところではなかったような?」
「紹介があれば入れる。行くぞ」
「あ、ああ」
私達が移動を始めると、パーティーに溶け込んでいたレヴィアタン侯爵夫婦も動く。
階段を使って最上階まで行くと、洗練された品のある酒場に行き着いた。
中からピアノの生演奏が聞こえる。
ここは昼間は喫茶店で夜は酒場と、営業スタイルが変わるお店のようだ。
店内はパーティー会場よりも薄暗い。
天井がガラス張りになっていて、プラネタリウムみたいにきれいな星が楽しめる。
すてきな雰囲気にうっとりしかけたが、うさんくさい男性が視界に入ってきたので、我に返ることができた。
ヴィルは私のために、カルーアミルクみたいな甘い酒を頼んでくれた。
なぜかうさんくさい男性も「私もそれで」なんて同じ物を注文する。
ヴィルはドライシェリーに似た、渋い感じの酒を頼んでいた。
カルーアミルクはヴィルがお酒を極力薄めで、と頼んでくれた。
運ばれてきたのは見た目は完全にコーヒー牛乳である。
スティック状のチョコレートが刺さっていて、溶かしながら飲むらしい。
うさんくさい男性は初めて飲んだようで、「えっ、おいし!」と感想を口にしていた。
ヴィルは酒には手を着けず、本題に移るように促す。
「ああ、そう。実は、いい商品をルームーン国からやってきたお嬢さんへ、特別に紹介しようと思って」
そんな言葉を聞いて、ヴィルは警戒するように拳をぎゅっと握る。
「このね、ぬいぐるみはいかがかと思って!」
手品のように何もないところからアタッシュケースを取りだし、パカッと中を開く。
入っていたのは、くまのぬいぐるみだった。
大きさは手のひらサイズくらいか。アタッシュケースの大きさのわりには小さなぬいぐるみだった。
キーホルダーみたいなチェーンもついていて、持ち運べるようになっているようだ。
「職人が丁寧に作った品で、百年は遊べるという売り文句があってね」
子どもに売るつもりで乗船したようだが子どもが見当たらず、一番若く見えた私に声をかけてきたらしい。
ヴィルを見たら、大丈夫だと言わんばかりに頷いていた。
彼は鑑定魔法が付与された眼鏡型の魔技巧品を装着している。
ただ見ただけで、鑑定結果がわかるのだ。
問題ないと判断したのだろう。
「触ってもよろしい?」
「もちろん!!」
私も指輪型の鑑定魔法が付与された魔技巧品を嵌めている。
手をかざすだけで、鑑定結果がわかるのだ。
アイテム名:くまの魔法ぬいぐるみ
状態:庇う、の魔法付与
説明:お守り魔技巧品。一度だけ、ありとあらゆる厄災から守ってくれる。
鑑定して調べてみると、とてもいい品だということがわかった。
うさんくさい男性だったが、売っている品はまっとうなものらしい。




