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養育院へ

 転移扉を使い、養育院の門前まで一瞬で移動する。

 すでに修道士が待ち構えていて、笑顔で迎えてくれた。


 今日、ここでやらなければならないことは、掃除と炊事、洗濯、それから子ども達の遊び相手である。

 役割はすでにくじ引きで決めており、私は子ども達の遊び相手係だった。

 エアは掃除、レナ殿下は洗濯をするようである。

 王太子殿下に洗濯をさせるなんて……と内心戦々恐々としてしまった。

 ジェムは子ども達の気配を察知したのか、スッと気配を消し、完全な透明になってしまう。

 私はジェムの魔力を感知しているので傍にいるとわかるが、他の人は目視できないだろう。それとなく、子ども達のオモチャになってしまうだろうと察したのかもしれない。


 それぞれの係で別れていると、遊び相手係の集合場所にアリーセを発見した。


「アリーセもここだったの」

「ミシャ、あなたもでしたのね」


 アリーセはホッとした表情を見せていた。なんでも、仲がいいクラスメイトはすべて他の班だったらしい。


「ねえ、ミシャ、子ども達の遊び相手って、どんなことをすればいいのですか?」

「簡単よ。何をして遊びたい? って、本人に聞けばいい話だから」

「それだけでいいのですか?」

「ええ。そこまで難しく考えなくてもいいわ」


 依然として不安そうにしているアリーセや、他のクラスメイトと共に養育院の敷地内へ足を踏み入れた。

 途中、修道女と合流し、子ども達の前に連れていってもらう。


 子ども達はやってきた私らを見て、わ~~! と歓声をあげていた。


「ここにいるお兄さん、お姉さん達は、魔法使いの学校に通っている、魔法使いの卵です。今日はみなさんと遊んでくれるそうなので、仲良くしてくださいね」


 子ども達はざっと見て、三十人くらいいるのだろうか。

 年齢は五歳から七歳くらいの幼い子達である。

 それから上の年齢の子達は、学校に通っているようで、今の時間帯は不在なのだとか。 修道女の話が終わると、子ども達がわっと駆け寄ってきた。

 アリーセと私の元には、女の子が五名ほど集まってくる。


「お姫様がいる!」

「お姫様だ!」


 皆、アリーセを指差し、お姫様だと言って興奮した様子でいる。


「いえ、その、わたくしはお姫様では――」


 言いかけたアリーセの口を塞ぎ、耳元で子どもの夢を壊してはいけない、と囁く。

 アリーセはこくこくと頷いたので、手を離した。


「その、わたくしの名はアリーセですわ」


 胸に手を当てて、スカートを摘まんで会釈しただけなのに、子ども達は「やっぱりお姫様だ!」と言って喜んでいる。

 アリーセは困惑しっぱなしだった。

 私はしゃがんで、子ども達に質問を投げかける。


「今日は何をして遊ぶ?」


 すると、目の前にいた子どもが元気いっぱいな様子で答えた。


「お姫様ごっこ!」


 やはり、そういう流れになるのか。

 アリーセを見たら、お姫様ごっこなんてできないとばかりに、真顔で首を横に振っていた。


「ねえ、ミシャ、お姫様ごっこなんて、何をしますの?」

「うーん、そうねー」


 子ども達はアリーセに対し、瞳をキラキラさせて期待の眼差しを向けている。

 ただ、貴族風の会釈の方法を教えただけでも喜びそうだが……。


「あ、そうだ! アリーセ、社交界デビューの拝謁のやり方って知ってる?」

「知っているも何も、去年拝謁は済ませましたが」

「社交界デビューの先輩だったんだ! 私、今年参加するの。やり方がよくわからないから、教えてくれる?」


 子ども達と一緒に、瞳をキラキラ輝かせながらアリーセを見つめる。

 すると、アリーセは観念したように、「わかりました」と言ってくれた。


「これからね、アリーセお姉ちゃんが、一人前のお姫様になる儀式について教えてくれるそうよ」


 そんな説明をすると、子ども達は跳びはねて喜ぶ。


「ねえ、アリーセ。まず、何をすればいいの?」

「髪を結い上げますの」


 なんでも社交界デビューをする前の娘達は髪を下ろしているのだが、社交界デビューが決まった娘達は社交の場に出るさい、一人前の証として髪を結うのがお決まりのようだ。


 アリーセはポケットの中からベルベットのリボンとヘアピンを取りだし、櫛で梳ったあと、子ども達を一人一人丁寧に髪を結っていた。

 私も不器用ながら髪を三つ編みにして、後頭部でまとめる。


「アリーセ、よくこんなものを持ち歩いていたわね」

「仲良くなったら、あげようと思っていましたの」

「そうだったのね」


 リボンは上等かつ高価なものだ。きっと、子ども達の宝物となるだろう。


「ケンカにならないよう、あとでリボンを全員分送らなければいけないわね」

「そうですわね。わたくしったら、気が利きませんでした」


 彼女がそれに気付かないのも無理はないのだろう。きっと幼少期から、姉妹や兄弟の持ち物を羨ましがって奪い合いになる、なんて経験などないはずだから。


「最初は国王陛下の前で、挨拶をしますの」


 アリーセは膝を深く曲げて、頭を下げる。

 一見して優雅な会釈だが、座り込んでいるのではないか、というくらい体を屈めていた。

 けれどもよくよく見たらそんなことはなく、お尻は浮いたまま、ピタリと動きを止めているのだ。

 まるで湖を優雅に泳いでいる白鳥みたいだ。

 白鳥も水中では必死に足を動かしているので、双方、美しく見えるのは努力の賜物なのである。

 思わず拍手をしたら、子ども達も口々に「すごい」と言って手を叩き始めた。


「こんなの、貴人として初歩中の初歩です。皆が当たり前のように身に付けている所作ですのよ」

「そ、そうなんだ」

「みなさんも、やってみましょう」


 それから地獄の特訓が始まったのだった。

 会釈のやり方に、スカート捌き、上品な仕草に、ダンスのステップ――。

 想像以上にハードなお姫様ごっこをやっているうちに、あっという間にお昼になる。

 昼食は炊事係が作ったハムのサンドイッチと紅茶が配られた。


 アリーセや子ども達と一緒に、木陰でいただく。

 パンはカチコチで、ハムは紙のように薄い。紅茶も出がらしか、と言いたくなるほど薄かった。

 これは生徒達が失敗したのではなく、養育院でのごくごく普通の昼食らしい。

 アリーセは口にした瞬間、衝撃を受けているようだった。


「ここでは、このような食生活を続けているのですね」

「ええ、そうみたい」


 我が家でも冬の期間は似たようなメニューである。

 なんて言うと、アリーセは切ない表情で私を見つめていた。


 午後からもお姫様ごっこは続く。

 時間が経つにつれて子ども達の人数が増え、皆真面目にお姫様になるための特訓を続けていた。

 私は途中でギブアップし、その場に座り込んでしまう。

 子ども達のお姫様への憧れと情熱はとんでもないものだ。

 それを指導するアリーセの熱量も、すばらしいとしか言いようがない。


 あっという間に時間は流れ、お別れの時間となった。

 子ども達とどう接していいのかわからない、といった様子のアリーセだったが、最後は打ち解けることができたようだ。

 子ども達の見送りを受け、魔法学校へと戻る。

 今日一日、いい経験をさせてもらった。

 アリーセと一緒に、今度、休みの日に養育院へ遊びに行こう、という話で盛り上がったのだった。

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