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婚約者から「第二夫人になって欲しい」と言われ、キレて拳(グーパン)で懲らしめたのちに、王都にある魔法学校に入学した話  作者: 江本マシメサ
一部・第四章 華やかかな、社交界デビュー

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朝から元気がないエア

 今日は一日通して、親がいない子ども達を育てる施設、養育院で校外授業が行われる。

 クラスメイトはほとんど貴族で、一度は慈善活動を経験しているらしい。

 ちなみに私は未経験である。ラウライフに養育院はなく、貧乏な我が家は誰かを支援できる立場になかったから。

 領主一家がこのようにカツカツな生活を送っているのはどうなんだ、と思われるかもしれないが、雪深い厳しい環境なので許してほしい。


 皆、いつもの授業前と違って予習で必死な様子は見せておらず、まるで遠足前のようなリラックスした様子を見せていた。

 ただし、エアを除いて。

 エアは珍しく頬杖を突いて、眉間に深い皺を寄せ、ため息を吐いている。


「ねえ、エア、どうかしたの?」

「いや、なんつーか、いろいろ複雑で」

「複雑?」

「ああ。俺、五年前にさ、母さんが死んだとき、養育院の人に連れていかれそうになったことがあって」


 五年前と言えば十二歳か。父親は物心ついたころからおらず、母親と二人っきりでひっそり暮らしていたらしい。


「母さんはなんというか、浮世離れしていて、体も弱かったから、働きにも出られないような人だったんだ」


 親子の生活を支えていたのは、現在エアの後見人となっているおじさんだったらしい。

 下町に近い場所に立派な屋敷を持つ、お金持ちなのだとか。


「前に話してくれた、お母さんの知り合いのおじさん?」

「うん、そう。おじさんは本当にいい人でさ。軽い気持ちで結婚したらいいじゃん、なんて言ったら、母さんを泣かせてしまって」


 夫だった男性に操を立てていたのだろうか。それはエアの母のみが知りうることなのだろう。


「母さんが死んだとき、すぐに養育院の人がやってきて、無理矢理俺を連れて行こうとしたんだ」


 乱暴に、強引に、そんな扱いだったので、エアは恐怖を感じ、隙を見て逃げ出した。


「おじさんのところに行って、助けてくれ! って訴えたんだ」


 その後、エアは保護され、おじさんが後見人となってくれたらしい。


「おじさんは俺を養子にしたい、って言ってくれたんだけれど……」

「貴族としてやっていける自信がなかったって、前は話していたわよね?」

「ああ。でも、それだけじゃなくて、ずっと前に母さんが泣きながら、自分達と関わると、おじさんは不幸になるから、って言っていた話が忘れられなくて」


 このとき、将来を見据えて、魔法学校に入学する準備をしないか、と持ちかけられたようだが、エアは養子の話も含めて断ったようだ。


「それからおじさんは俺に新しい名前と家、仕事を用意してくれて、静かに暮らせるようにしてくれたんだ」

「そんなことがあったのね」


 なんでもおじさんはエアを紳士に育てることを諦めていなかったらしく、魔法学校の入学を勧めてくれて今に至るらしい。

 エアはぐっと接近し、耳元で囁く。


「ミシャ、あのさ、俺の本当の名前は、エアハルトって言うんだ」

「え?」


 それは貴族の嫡男につけるような、高貴な響きの名前である。

 驚いて身を引くと、エアは人差し指を立てて、内緒のポーズを取った。


 周囲をキョロキョロと見回したが、クラスメイトは近くにいなければ、私達の様子を気にする者もいない。

 最大限に声を潜め、私はエアに問いかける。


「な、なんで私に教えてくれたの?」

「ミシャは親友だから」

「で、でも、言わないほうがいいから、変えたんでしょう?」

「そうだけどさ、おじさん以外誰も、俺の本当の名前を知らないっていうのも寂しいじゃんか」

「そうかもしれないけれど」


 おそらくだが、エアの母親はやんごとない身分のお方で、何かあって下町で暮らすことになったのだろう。

 おじさんはその事情を理解していて、支援してくれたに違いない。

 それにしても、いったい、エアはどこの誰なのか。

 いいや、私が首を突っ込んでいい問題ではないだろう。


「あのとき、養育院に連れて行かれたら、今の俺はどうなっていたのか……」


 養育院の人達が子どもをそのように乱暴に扱うなんて話は聞いたことがない。

 エアが警戒し、従わなかったので、そのような手段に出てしまったのだろうか。


「どんな人達だったの?」

「うーん、よく覚えていないけれど、黒尽くめで、怪しい風貌だった」


 その点から違和感しかない。

 国から養育院の運営を任されているのは、聖教会の人々である。

 たいてい修道女シスター修道士ブラザーがやってくるはずなのだが。


「エア、その人達、本当に養育院の人達なのかしら?」

「養育院のほうからやってきたって言ってたけれど」

「それって詐欺の手口じゃない!」


 思わず声が大きくなってしまい、慌てて口を塞ぐ。

 クラスメイトは転移扉を使って養育院まで移動する話に夢中のようで、私達を気にする素振りはまったくなかった。


 それにしても、異世界でも無関係な人々がどこどこのほうからやってきました~、と関係者のように騙る詐欺が横行しているなんて。

 悪知恵というものは世界共通なのかもしれない。


「そうか、あの人達は養育院の人達じゃなかったんだ」

「おそらくだけれど」


 養育院にいる修道女や修道士は親切な人達だから安心してと伝えると、エアは安心したように「よかったー」と言って微笑んだのだった。

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