ヴィルの作戦
「俺はミュラー商会の幹部、ロルフ・ブールだ」
ロルフ・ブールと名乗った男性はヴィルとだけ握手を交わし、私は無視だった。
きっとおまけか何かと思われているのだろう。
私達をここまで案内した男は、報酬と思われるお金を受け取ったあと、いなくなった。
どうやら働き手を紹介しても、ああやってお金が貰えるらしい。
ますますねずみ講のようだ、と思ってしまった。
ヴィルが前に出て、自己紹介する。
「モーリッツ・ベルファルだ」
ヴィルは偽名と任務用の身分証を持っている。私も〝カタリナ・ヴィズマン〟という偽名と身分証を作ってもらったのだが、今回に限って使う機会はなさそうだ。
「モーリッツ・ベルファルか、いい名前だな、採用!!」
呆れた、身分証を確認せずに採用するなんて。
下町の食堂でさえ、働くには身分証の確認が必須だというのに。
「よし、早速だがモーリッツ、話は聞いているだろうか?」
「葉巻を売る、ということか?」
「ああ、そうだ。話が早いな。まず、葉巻を買い取ってもらうのだが、最大五箱までで、いくらいける? 一箱金貨一枚で、上手く売れば一箱につき金貨十枚以上儲けることができるが」
「商会長であるミュラー男爵に会えるのであれば、十箱買い取ることができる」
ロルフ・ブールの目が驚きで見開かれる。
ここにミュラー男爵を呼び出し、粗悪品の葉巻を斡旋していることについて、問いただすというのか。
「できるのか? できないのか? 手持ちがあるのが、今日だけなんだが」
「わ、わかった、少し待っていてくれ!」
ロルフ・ブールは慌てたように言うと、倉庫の奥へと消えていった。
「おそらく、ミュラー男爵は出てこないだろう」
「私達が来ているからですか?」
「いいや、違う」
さほど待たずに、バタバタと足音が聞こえてきた。
「モーリッツ、ミュラー男爵が特別に会ってくださるようだ!」
遅れてやってくる人物がミュラー男爵らしい。
けれども足音を聞いて、疑問が生じる。
あんなふうにバタバタ足音を立てて歩く人だっただろうか、と。
ついに、ミュラー男爵が私達の前に現れた。
「モーリッツ君! 君が、十箱も買いたいと言っているのを聞いて、ぜひとも会ってみたいと思って」
絶句する。
その人物はミュラー男爵とは似ても似つかない、まったくの別人。
というか、見知った顔で、もっともっと詳しく言うのであればあの人はリジーの父親であり、私の叔父であるガイ・フォン・リチュオルだ。
「――っ!!」
驚きのあまり叫びそうになったが、なんとか堪える。
なんで? どうして? 何ゆえ?
わかることは、叔父がミュラー男爵を騙っているので、葉巻を売り捌く元締めがミュラー商会ではないということだろう。
ヴィルの表情は怒りで染まっていた。
「詳しい話を聞きたい。ここではなく、いいところを紹介したいのだが」
「おお、うまいもんか?」
のんきな叔父は私とヴィルに気付いていないらしい。
頭巾を深く被っている上に、薄暗いからだろう。けれどもヴィルとは一度会っているのだから、声で気付いてもいいだろうに。
「一緒についてきてくれるだろうか?」
「もちろん!」
ここでヴィルが魔法で合図を出す。すると、足音と共に武装した人達が押し寄せる。
おそらく、ヴィルが話していた隠密機動局の応援部隊なのだろう。
ロルフ・ブールと叔父はあっという間に拘束される。
外に出ると、私達をここに案内した男も捕まっていた。
続けて騎士隊も駆けつけたようで、港町で暗躍するねずみ達を、一網打尽にしたようだ。




