取引
詳しい話は夜に教えてくれるという。同じ酒場で落ち合う約束を交わした。
その後、二杯目の麦芽酒を水の魔石に吸収させたあと、代金をテーブルに置く。
支払いはこれでいいらしい。
給仕係の前を通って店から出たが、声をかけられることなどなかった。
この会計方法で客がまともに支払うのか疑問だったものの、営業が続いているということは上手くいっているのだろう。
地下は換気ができないからか、煙草や酒の臭いが混ざり、なんともいえない空気感だった。
外の空気のおいしいこと、おいしいこと。
路地を出て大通りに出たあと、人通りが比較的少ない倉庫街のほうに行き着く。
赤煉瓦の立派な倉庫が並んでいるが、この辺りはほとんどミュラー商会が管理しているらしい。
「改めて、ミュラー商会って大きな商会なんですね」
「ここ数年の成長は本当にめざましい」
現在のミュラー男爵に代替わりしてからは特に大きくなったと聞いていたが、ここまでだったとは。元騎士とは思えないくらいの商才である。
「ただ、先ほど聞いたような方法で商売をしているとなれば、また話は別ですよね」
「そうだな」
倉庫街の中で、隠密機動局が拠点にしている倉庫があるという。そこでしばし休憩を取ることとなった。
そこは倉庫街の端にあり、ミュラー商会の倉庫より規模は小さいものの、十分立派である。
扉に隠密機動局の指輪をかざすと、解錠する仕組みのようだ。
内部は大理石の床に瀟洒なテーブルや長椅子、棚などがある洗練された空間となっている。
ロフトみたいな二階部分もあり、そこには仮眠用の寝台もあった。
「わあ、いいお部屋ですね」
「だろう?」
隠密機動局は各地を飛び回り、情報収集に努めるので、このような拠点がさまざまな場所にあるという。
床に魔法陣が刻まれており、清掃なども魔法で行っているようだ。
ヴィルが淹れてくれた紅茶を飲んで、ホッと息を吐く。
「ミシャをあのような場に連れていきたくなかったのだが」
「いいえ、お気になさらず。いろいろ勉強になりました」
単独で足を踏み入れることはないだろうが、次に同行することがあれば、もっと自然に振る舞えるはず。
ジェムも姿消しの魔法を解いて、猫が背伸びをするようにびょーんと伸びていた。
「ジェムもお疲れ様だったわね」
酔っ払いがジェムにぶつかりそうになるたびに、迷惑そうに避けていたのだ。
「それにしても、ミュラー男爵があのような商売をしていたなんて」
「連鎖販売取引を取り締まる法律はないものの、聞いていていい気持ちにはならない」
なぜ、そのようなやり方で商売をさせているのか、謎でしかない。
「しかし、初めて耳にした話で、正直戸惑っている」
奴隷商との付き合いがどうこうという噂を確かめるためにやってきたのに、別の問題が浮上したのだ。ヴィルが戸惑うのも無理はない。
「ひとまず、夕方辺りまで仮眠したほうがいいな」
「お昼寝ですね」
あの酒場帰りの状態で清潔な布団で眠るのはどうかと思ったものの、ここにはお風呂もあるようだ。
入浴後、仮眠させていただくこととなった。




