港町へ
その後、ヴィルの使い魔である聖竜セイグリットに乗って、港町を目指す。
山を越えるので馬車で向かえば数時間かかるのを、三十分ほどで到着できた。
国と国を船で結ぶ国内の重要地点である港町は、思っていた以上に大きく栄えていた。
商品を荷車に積んで運ぶ商人や、買い付けにやってくる店主、ここで購入したほうが安いからとやってくる人々など、たくさんの人達が行き交っていた。
「わっ!」
あまりの人混みにヴィルとはぐれそうになる。
「ミシャ!」
ヴィルが差しだしてくれた手を掴もうとしたら、なぜかジェムが伸ばした触手を掴んでしまった。
「ジェム、あなた、どうして?」
ヴィルと私が手を繋ぐのを阻止したかったのか。ただいい感じになって手を繋ぐわけではないので、ここは許してほしい。
「ジェム、何をしているんだ」
ヴィルとジェムはにらみ合い、バチバチし始めた。
彼らのほうこそ、何をしているのだと言いたい。
その後、ジェムが私のエスコート役を勝ち取ったようなのだが、人にぶつからないようぐいぐい引いてくれたので、思いのほか歩きやすかった。
ヴィルと共に向かった先は地下にある酒場である。
外から店内の様子が見えない上に薄暗いからか、皆、噂話に花を咲かせているようだ。
ヴィルも何度か、情報収集をするためにやってきていたという。
「ミシャ、これを」
ヴィルが手渡してきたのは、ボロボロの外套だった。
なんでも仕立てのいい服を着ていたら悪目立ちしてしまうという。
「歩き方も少し速度を速めて、猫背気味にしていると場に馴染むだろう」
「が、頑張ってみます」
ジェムは姿隠しの術を展開させ、ついてきてもらうようにお願いしておいた。
件の酒場は裏路地にあり、地下へ繋がる階段を下りて入店する。
扉を開いた途端、「おら!!」と叫ぶ声が聞こえたのでギョッとした。
出入り口付近で客同士がケンカしているようだ。
他の客は止めるどころか、やんややんやと応援している。
ヴィルは私を守るように前に立ち、ケンカをする男性陣から離れた席に誘導してくれた。
店内は薄暗く、全体を見渡すことはできないのだが、円卓が少なくとも百個くらいあるだろうか。
椅子はなく、立ち飲みするようだ。
胸が露出したドレスを着た給仕係がやってきて、オーダーを聞いてくる。
メニューなどないのだが、ヴィルは慣れた様子で「麦芽酒を二つ」と注文してくれた。
愛想の欠片もない給仕係は返事もせずに去って行った。
「なんていうか、こういう場所にやってきたのは初めてなのですが……すごいですね」
「ここは特別治安が悪い」
その分、客の口は軽く、情報を入手しやすいという。
「まあ、望む情報について聞き出せるかわからないがな」
ちょうど近くにいた男性三人組がやってきて、話し始めた。
「いやはや、酷い目に遭った!」
「あのお貴族様、俺達のことを家畜かなんかだと思っているな」
「やはり貴族は信用ならん」
たった少数の貴族が横暴な態度を取っているせいで、貴族全体のイメージが悪くなっている。
善良な人達のほうが多いというのに酷い話だ。
それにしても、いったい誰について話をしているというのか。
「ツィルドの野郎、うちの嫁さんにも色目を使いやがって」
「俺の娘にも、あの女は花売りか、なんて聞いてきやがった」
「俺なんて、お下がりの女を売りつけてこようとしてきたんだ」
ツィルドの野郎――彼らははっきり口にした。
こんな場所でツィルド伯爵の名前を聞くことになるとは。
彼の悪評については、まあ、意外でもなんでもなかった。




