レヴィアタン侯爵邸にてその②
次の瞬間、ヴィルは無言で立ち上がると、「ミュラー男爵、絶対に許さない……ミシャに何をしたんだ」とブツブツ言いながら出て行こうとしたので、慌ててレヴィアタン侯爵と一緒に引き止めた。
「ヴィル先輩、あの、話を最後まで聞いてください!」
「そうだ! 落ち着け!」
私達の訴えで我に返ったヴィルは、大人しく着席してくれた。
気まずい空気になっていたものの、レヴィアタン侯爵が話を促してくれた。
「ミシャ嬢はミュラー男爵と面会したのだな。そこで何があったのだ?」
「手紙の返信がなかったので、直接ミュラー男爵邸にいって、渡そうと思ったのですが」
これが間違いだったのである。
「待ち伏せして、手紙を渡して帰るつもりが、冷たくあしらわれるように用件を聞かれまして」
場合によっては二度と面会の機会がないかもしれない。
そう判断し、慌ててミュラー男爵が話を聞かざるをえないような単語を出してしまったのだ。
「エアについて話したいと言っても聞き入れてもらえなかったので、エアの母親の形見を所持していると言ったところ、目の色が変わりまして……」
屋敷で話を聞きたいと言われ、私はのこのこついていってしまったわけである。
「ミュラー男爵はエアだけでなく、エアの母親についても特別な想いを抱いていたようで」
もしやエアの父親ではないのか、と思っていた時期もあったが、それは違った。エアは国王の血を引き継いでいたのだ。
「エアの母親の形見というのは、エアが私にお守りとして渡してくれた品で、それを見せるつもりが、別の品物――銀の首飾りをジェムが出してしまい」
それを見たミュラー男爵が、エアの母親の形見で間違いないと認めたのである。
「銀の首飾りはラウライフでヴィル先輩が購入した品でして、隣国ルームーンで作られた品物だったんです」
なぜ、それがエアの母親の形見として認められたのか、そんな話はさておき。
「銀の首飾りはエアに直接返すと言って、奪われそうになり」
取り返そうとしたら、黒い蔓みたいなもので拘束されてしまった。
「ミュラー男爵は強盗に押し入られた関係で、護衛を連れていました。その護衛が、闇魔法だと思われる黒い蔓で私とジェムを拘束しました」
その後、私は脅され、命の危機に瀕し、ジェムの協力の上、転移巻物を使って脱出した。
「そして、今に至るというわけです」
顔を上げると、ヴィルとレヴィアタン侯爵が怖い顔で拳を握っていたので、ひい、と悲鳴を上げそうになる。
「ミュラー男爵、ミシャ嬢の命を狙うとは、絶対に許せない!!」
「今すぐ報復を――」
「待ってください!! ミュラー男爵を刺激しないほうがいいです、絶対に!!」
ミュラー男爵に対して冷静に対処しなければ、大変なことになりそうだ。
「エアにも影響が及ぶかもしれませんし」
その一言でヴィルとレヴィアタン侯爵は我に返ったようだ。
「エア・バーレはレヴィアタン侯爵邸で保護したほうがいいのではないのか?」
「そうだな。あの男の傍に置いていたら危険だ」
「いえ、保護したほうが大変な事態になるかと」
喩えるならば、ミュラー男爵は子育て中の母熊である。
エアに何かあったら、牙を剥き、この世の果てまで追いかけてくるに違いない。
「ミュラー男爵に対して、どう対処していいものか」
「下手に手出しをしないほうがよさそうだな」
「ええ」
銀の首飾りは取り返してしまった。もしかしたら奪いにくるかもしれない。
ミュラー男爵、恐ろしい人! と思ったのは言うまでもない。




