ミュラー男爵の屋敷にてその③
足下を掬われ、その場に倒れ込んでしまう。
黒い蔓みたいなものが全身に巻き付き、一瞬にして蓑虫みたいになってしまった。
ジェムは毛糸ボールみたいな状態だった。
「くっ……、どうして、こんな」
「大人しく話を聞いていただきたくて」
「こんな状態にしなくても、話はできます!」
ミュラー男爵は私の訴えを無視し、脅すように問いかけてくる。
「あなたはエアさんのお友達なので、特別に選ばせて差し上げます。今後、この件について口外せず、エアさんとの付き合いも止めると。それが守れるのであれば、ここから解放しましょう」
「なっ――!?」
なんて酷い選択を迫るのか。
こんなの、横暴でしかないだろう。
「もし、私がミュラー男爵の要求に従えないと言ったら?」
ミュラー男爵は顔色一つ変えず、淡々と言葉を返す。
「王都は老若男女問わず、急に行方不明になる事件が多発しているようですので、あなたもその被害者の一人になるかもしれませんね」
「普段から、そんな犯罪行為に手を染めているの!?」
これまで敬語を使っていたが、その価値もない相手だと思って問いかける。
「犯罪行為? 何かそれに該当するのはわからないのですが」
その言葉を聞いてゾッとしてしまう。ミュラー男爵はすでに理性というものが崩壊しているというのか。
「人の命というものは、〝力〟がなければあっさり奪われるんです。だから私は権力と資金を得て、〝力〟を得た。だから今、あなた一人の命を奪うことは、赤子の手をひねることよりも容易い」
「どうして人の命をそんなふうに軽々しく扱うことができるの?」
「そんなの愚問です。奪わなければ、奪われるからです。あなたの存在が、エアさんの命を脅かすことに繋がるかもしれない。だから――」
ミュラー男爵は銀の首飾りを部下に手渡したあと、腰に佩いた剣を引き抜く。
今だ! そう思ってジェムに指示を出した。
「ジェム、今よ!!」
水晶体だったジェムはスライムのようにぐにゃりと体を動かし、拘束されていた蔓から逃れる。続けてジェムは私の蔓を裂き、収納していた杖を取りだしてくれた。
それだけでは終わらず、ジェムは触手のように伸ばした手で銀の首飾りを取り返してくれた。
「なっ――!?」
ジェムの素早すぎる行動を前に、ミュラー男爵は手も足も出なかった。
我に返った部下達が動き始めるも、遅い。
今だと思って呪文を唱えた。
「――しんしん積もる、雪よ!」
ミュラー男爵と部下の前に雪の塊がどさどさ落ち、壁のように阻んでくれた。
「なっ、これは――!?」
彼らが右往左往している間に、懐に入れていた魔法巻物を取りだす。
レヴィアタン侯爵邸に繋がる転移巻物だった。それをすぐさま破く。
ジェムをぎゅっと抱きしめると、目の前に魔法陣が浮かび、景色がくるりと回転する。
ミュラー男爵邸から脱出を図ることに成功したのだった。
見慣れたレヴィアタン侯爵邸に下り立ったことが確認できると、安堵の気持ちがこみ上げてくる。
まだ、心臓がバクバク鳴っていた。そんな私をジェムが心配そうに覗き込んでくる。
「ジェム、ありがとう! あなたのおかげで、あの場から脱出することができたわ!」
出発前に、何かあったときの対策を打っていたのだ。
何か奪われたときは取り返し、すぐに魔法の杖を出してほしい、と。
ジェムはすばやく理解し、動いてくれた。感謝してもし尽くせない。
「レヴィアタン侯爵に、挨拶に行かなきゃ」
一応、レヴィアタン侯爵は屋敷に繋がる転移巻物の所持を把握している。けれども一度も使ったことなどなかったので、いきなりやってきた私に驚くだろう。
申し訳ない、と思いつつそろ~っと廊下に出ると、いつもの骸骨みたいな執事と鉢合わせてしまった。
「あらあら、ミシャお嬢様、いついらしたのですかあ?」
「い、今です! 転移巻物でやってきまして」
「さようでございましたかあ! では、レヴィアタン侯爵にお知らせしてきますねえ」
「はい、お願いします」
突然現れたのでびっくりしたものの、それは相手も同じだろう。
レヴィアタン侯爵に私がやってきたことを知らせてくれるというので、結果的にはよかったのかもしれない。
ひとまず、部屋で待機させていただこう。
◇お詫び◇
エアの母親の形見について、以前やりとりをしていた、とご指摘があり、『ep.382 ミュラー男爵の屋敷にてその②』を修正しました。
毎度毎度、修正があり、申し訳ありません。
商業作品の合間合間に執筆しているため、内容を忘れている部分がありまして……。
また何かございましたら、教えていただけたらなと思います。




