ミュラー男爵の屋敷にてその②
「実は、魔法学校に入学する前に、エアからお礼の印として、母親の形見を受け取りまして」
「以前、そんな話をしていましたね。あのときはエアさんがいたので、詳しく聞けなかったのですが」
なぜそのような状況になったのか、とばかりにミュラー男爵は眉をひそめる。
「あのとき、よく見ることができなくて。よく見せてください」
「はい」
ジェムに言って取りだしてもらったのだが、あろうことかジェムはロッコさんと奥方から買い取った、ルドルフの母親が所持していた銀の首飾りを出した。
「ああ、ジェム――」
それではなくて、と言おうとしたら、ミュラー男爵が勢いよく立ち上がった。
「その首飾りをよく見せてください!!」
「え、はい」
ミュラー男爵は勢いよく立ち上がると、私から奪うように銀の首飾りを手に取る。
「これは……これはあの御方が身につけていた……!」
「え!?」
ミュラー男爵の言うあの御方というのは、エアの母親のことだろう。
けれどもその首飾りは、ルドルフの母親が所持していた品物だ。
「あの、その首飾りは珍しいお品物なのですか?」
「一点物です! あの御方が花嫁道具として、この国へ運んできたもので――!」
そう口にしたあと、ミュラー男爵はしまった、という表情でいた。
興奮のあまり、口が滑ったらしい。
「すみません、今のは忘れてください」
忘れられるわけもなかったが、ここでは素直に「はい」と言って頷いた。
「これは、とてつもなく貴重な品で、あなたが所持していい品ではありません」
「わかっています。いずれ、エアに返すつもりでした」
返すのは銀の首飾りではなく、王太子の証のほうであったが。
「では、私のほうからエアさんに返しておきますので」
「いいえ、私から渡しますので」
手を伸ばしたものの、ミュラー男爵はサッと避けた。
「ミュラー男爵、返してください」
「返すも何も、これはあなたの物ではない」
「ミュラー男爵の物でもありませんよね?」
「そうですが、私はエアさんの後見人ですので」
「そんなの理由になりません。今の持ち主は私ですので」
「心配せず。こちらは私がエアさんに渡しますから」
「私から無理矢理取り上げて、返したとエアに言うのですか?」
「いいえ、あなたから渡すように言われたと説明しますよ」
「なんでそんな嘘を吐くのですか?」
やっていることは、ミュラー男爵の屋敷に忍び込んだ盗人と変わらないというと、プチンと堪忍袋の緒が切れたような音が聞こえた気がした。
「以前からあなたは、エアさんの友達に相応しくない、と思っていたんです」
「どうしてですか?」
「生意気で、上から目線で、素直じゃない。一緒にいたら、いずれエアさんの悪影響になると」
「友達を選ぶのは後見人の仕事ではなく、エアの意思ですので。過保護が過ぎると、エアを潰してしまうのでは?」
ミュラー男爵がぶるぶる震えているのを見て、言い過ぎてしまったと後悔した。
エアを大事に思う気持ちは一緒なのに、お互いにいがみ合うことなんてなかったのに。
「あの、ミュラー男爵――」
「許しません」
「え?」
「やはり、あなたは〝私の計画〟の邪魔になる!!」
ミュラー男爵が片手を挙げた瞬間、 足下に魔法陣が浮かんだ。
「なっ!?」
魔法陣から黒くうねる長い蔓のようなものが勢いよく伸び、私とジェムを拘束して――。




