ミュラー男爵の屋敷へその①
待てど暮らせど、ミュラー男爵からの返事が届かない。
送ってから四日ほど経ったが、レヴィアタン侯爵からの「いつ屋敷に帰ってくるのだ?」という手紙も届き始め、これ以上ガーデン・プラントでの待機が難しくなった。
転送依頼を出しておけば、私宛の手紙はレヴィアタン侯爵邸に届くようになる。
手続きをしてから、レヴィアタン侯爵邸に向かおうか。
もしかしたらホリデー期間中にミュラー男爵との面会は難しいかもしれない。
大きな商会の商会長で、買い出しなどで忙しいというのはエアから聞いていたが。エアのことについて話をしたい、と言ったらすぐに会えるものだと思っていたのだ。
エアに聞いたら近況などわかるだろう。
けれども「どうしておじさんに会いたいんだ?」なんて聞かれたら、なんと答えればいいのかわからなくなる。
エアに黙って会うのはどうかと思ったものの、わからないことだらけな中、憶測を伝えるわけにはいかない。
いつか話をしようとは考えているが、そのタイミングは今ではないのだ。
こうなったら直接ミュラー男爵のお屋敷を訪問して、ご在宅か確認できないものか。
もしもいるのであれば、外出時を狙って少しでもいいから話をしたい。
「こうなったら行動に移さなくちゃ!」
レヴィアタン侯爵邸に滞在する準備はしている。必要な服や参考書、宿題などはジェムの中に収納しているのだ。
もしもいないときには、手紙を守衛の人に渡して届けてもらおう。そのほうが本人の手に渡る可能性が高くなるかもしれないから。
ホイップ先生にはレヴィアタン侯爵邸に向かうというメッセージカードを送り、不在を伝えておく。
ガーデン・プラントの草花をお世話するチンチラ達には、ご褒美のお菓子の在り処を教えておいた。
「よし、準備ができたわ!」
魔法の箒、ブリザード号に跨がると、ジェムが柄の先端に巻き付く。
「出発進行!」
とん! と軽く跳び上がって呪文を唱えた。
「――飛び立て、空中飛行!」
ふわりと体が浮かんだ。
チンチラ達の見送りを受けつつ、ガーデン・プラントをあとにしたのだった。
スイスイ空を飛び、上空に表示される本人確認もなんなくクリアする。
もう慣れっこだった。
郊外の森の上空を飛び、あっという間に王都に到着する。
ミュラー男爵の屋敷に近い場所にある、渡り鳥の風見鳥がくるくる回る屋根に降り立った。
手ぶらでいくのもどうかと思い、途中にあった菓子店でお土産を買った。
おいしそうなエッグタルトである。レヴィアタン侯爵夫妻の分も購入し、店を出る。
久しぶりにミュラー男爵の屋敷を訪問したのだが、屋敷を取り囲む塀には複数の門番が立っていて、以前よりも物々しい雰囲気だった。
私が近づくと、すぐに声がかかる。
「お嬢さん、ここに何か用事かね?」
腰に剣を佩いた門番が、柄に手をかけつつ話しかけてくる。
ずいぶんな警戒っぷりだと思いつつ、言葉を返した。
「ミュラー男爵はご在宅でしょうか?」
「それを君に教える筋合いはないのだが」
物腰は丁寧だが、私を探るような鋭い目で門番は見つめてくる。
「お嬢さんみたいな年若いご婦人が、なぜミュラー男爵を訪ねてやってくるのか」
「私、ミュラー男爵が後見人を務める、エアと友達なんです。それで、少し相談したいことがあって」
手紙を渡すだけでもいい。そう伝えたものの、受け取ってもらえなかった。
「それはしかるべき機関を通して届くようにしてくれ」
まあ、正論である。そして主人であるミュラー男爵の情報は一切漏らさない。
仕事ができる門番であった。
「わかりました」
諦めた振りをして、私はそのままミュラー男爵の屋敷の裏門へと向かった。




