ルドルフの母親について
「そんな……ルドルフの母親はすでに亡くなっているとばかり」
「俺も母ちゃんも、そう思っていたんだが」
先にルドルフの母親と会ったのは、ロッコさんの奥方だったらしい。
「聞いたことがないくらいの悲鳴を上げたもんだから、慌てて様子を見に行ったんだ」
当時、奥方は外で洗濯物をしていたのだとか。そこに突然、ルドルフの母親が現れたという。
「母ちゃんは腰が抜けたようで、駆けつけたときは座り込んでいたんだ。大丈夫かと声をかけてきた俺を見て、キャロラインさんの幽霊がいるって」
奥方が指差した先には白い外套に身を包んだルドルフの母親が立っていたらしい。
なんでも雪の中で目立たないように白い服を着ていたようだが、この世の存在とは思えない、不幸をかき集めたような空気感を漂わせていたようだ。
「俺も幽霊かと思ったんだが、まあ、そんなわけもなく――」
ルドルフの母親と奥方は付き合いがあったようで、こっそり会いにきたようだ。
「キャロラインさんは戻ってきたことを誰にも言うなと伝えるつもりが、母ちゃんが思いっきり叫んでしまったから、俺にも見つかってしまったみたいで」
ひとまず、騒ぎになる前に工房の中へ入るよう促したという。
「なんでも身を隠すために、死んだと偽っていたらしい」
「どうして?」
「聞かなかった……。いいや、聞けなかった」
「それは――」
「俺と母ちゃんも〝ワケアリ〟でラウライフまで流れ着いた身だからな」
先日、ヴィルがロッコさんほどの腕のいい職人が王都にいないのはおかしい、などと言っていたが、その読みは当たっていて、人には言えない事情を抱えていたようだ。
「まあ、もともとあの人は何か大きな問題を抱えているだろうなと思っていた。この国出身でもないだろう。言葉の発音はきれいだが、ところどころ独特な訛りがあったから。おそらく出身は――」
「ルームーン国か?」
ロッコさんは国名まで言うつもりはなかったのだろう。困った表情でヴィルを見つめていた。
ただその態度は、ヴィルが言っていたルームーン国の出身であることを肯定するようなものである。
「彼女の所作から推測するに、高貴な身分だった御方なんだろう」
ルドルフの母親と会ったのは一度か二度だけ。
薄幸の美女、という感じで、いつも体調がすぐれないのか顔色が悪かった。
心配するあまり、所作などはまったく気にしていなかったのである。
「私はずっと失踪したと聞いていて」
「俺もそう聞いていたんだが、ルドルフの野郎が一度ここにやってきて、母親の形見を買い取ってくれないか、って言ってきたんだ。そのとき、亡くなっていると知った」
あろうことか、ルドルフは母親の形見を売ろうとしていたらしい。
「王都への旅費が欲しかったと」
ルドルフが持ってきたのは、例の黒い宝石だったらしい。
「あまりにも禍々しいものだったから、気味が悪くなって、買い取りを断ったんだ」
まさかルドルフが所持していた黒い宝石をロッコさんに売ろうとしていたなんて。
「数ヶ月後、キャロラインさんからその宝石について聞かれるとは、夢にも思っていなかった」
ルドルフの母親は息子の所在を捜すだけでなく、黒い宝石を売り払っていないかも聞いてきたようだ。
「なんでも困ったときはうちを頼るように、息子に言っていたらしい」
黒い宝石については買い取りしなかったことと、ルドルフは王都に向かったということを伝えると、血相を変えて出て行ったという。
「なんだか焦っていて、様子もおかしかったから、知らせておいたほうがいいと思って」
ルドルフの母親から口止めされていたようだが、奥方との約束なので知ったこっちゃないと言ってくれた。
「なんだかとてつもなく面倒な事情を抱えてそうだったから、王都で巻き込まれないよう、気をつけることだな」
「ロッコさん、ありがとう」
なぜルドルフの母親は自らの死を実の息子にまで偽装していたのか。
話を聞いてもわからないことだらけだった。