両親からの呼び出し
疲れているであろうヴィルを客室に案内し、夕食まで休んでいただく。
「セイグリットも暖かい場所に案内できますけど」
リチュオル子爵家が所有する穀物庫であれば今のシーズンはそこまでギチギチに備蓄されているわけではないので、セイグリットが休むスペースがあるはずだ。
「セイグリットなら心配ない。自分で居心地のよい場所まで飛んで、翼を休ませているだろうから」
「そうなのですね」
それを聞いて安心した。
「では、また夕食時に」
「ああ」
客室から出るとメイドがいて、父の部屋に行くよう促される。
いったい何を言われるのか。ハラハラしながら急いだ。
父の書斎の扉を叩くと、すぐに入るように返事があった。
「あら、お母様もいらっしゃったのね」
父だけかと思いきや、まさか母までいたとは。
「用事って何かしら?」
「ひとまずここに座りなさい」
父の前に腰掛けると、メイドがスノー・ベリーの紅茶を淹れてくれる。
私のお腹もたぷんたぷんなのだが、せっかく用意してくれたのでいただこう。
「ヴィルフリート君について、話を聞きたかった」
「正直に答えてね」
「え、ええ」
いったい何を聞かれるというのか。両親が深刻な表情を浮かべているので、身構えてしまう。
「ミシャはヴィルフリート君について、どう考えている?」
「脅されているとか、弱みを握られているとか、そういうわけではないのよね?」
「ないけれど、どうして?」
両親は顔を見合わせ、肩を竦める様子を見せている。
「いや、あまりにもその、ミシャに対して熱い気持ちを抱いているものだから」
「あなたの意思を無視して、暴走しているのではないか、と心配していたの」
「ああ……」
ヴィルは私に対して、そういうところがある。今日は両親を前に緊張した結果、想いが熱暴走してしまったのかもしれない。
「ヴィル先輩の暴走に関しては、たまにあることだから大丈夫」
「ミシャは受け止めきれるのか!?」
「あの火傷しそうな想いを!?」
受け止めきれているかはわからないが、ヴィルが何か強い主張をしてきても、「またか」と考えるレベルには慣れていると言えるだろう。
「私はヴィル先輩のことを大切に思っているし、許されるのであれば傍で支えたいと考えているの」
「ヴィルフリート君の一方通行の想いではない、と」
「覚悟はできているのね?」
「ええ、そのつもり」
なんでも両親はヴィルの勢いに呑まれて婚約及び結婚の許可を出してしまったそうだが、終わったあとで悪魔と契約したのではないか、と焦っていたという。
「悪魔って」
「大げさではないんだよ」
「あの子、目を血走らせながらあなたと結婚させてほしいって訴えていたの。もう、怖くて怖くて」
「ごめんなさい」
脅しのようだった、とも言われてしまう。
「ヴィル先輩、とっても緊張していたみたいで」
「緊張だと?」
「私達に圧力を与えていたようにしか思えなかったけれど」
「本人曰く、ガチガチだったみたいで」
信じがたい、という目で見られた。
いったいどんな想いを告げたというのか。知りたいような、恐ろしいような。
「その、お父様とお母様が考えてるような人物じゃないの。優しい男性よ」
一生懸命訴えるも、両親は目を泳がせるばかりで、信じていないようだ。
クレアはあっさり受け入れてくれたのだが、なかなか難しい。
「ミシャが嫌がっているようだったら、結婚を反対するつもりだったんだよ」
「格差結婚になるので、苦労するのは目に見えているから」
「ええ」
その辺も覚悟している。ヴィルが隣にいてほしいと願う限りは、何があっても傍にいるつもりだ。
「本気なんだね?」
「もう後戻りはできないわよ」
「わかっているわ」
ヴィルはこれまで通り社交界での付き合いはほとんどしないだろうし、私が晒し者になるような事態も少ないだろう。
「結婚によって、夢を諦めるつもりもないから」
魔法学校に通う女子生徒のほとんどは結婚相手を探すために入学していて、就職するのはほとんどいないのが現実だ。そのため貴族女性の社会進出は前例がほぼない。
まだどの仕事に就けるかというのはわからないが、何かしらの職には就くつもりだ。
「わかった」
「そこまで考えているのならば、反対する理由はないわね」
わかってもらえたようでよかった。
これからも勉学に励みます、と両親の前で宣言したのだった。
その後、ヴィルを呼び、王都であった騒動について報告する。
ルドルフが原因で魔王復活しかけたかもしれないということ、エアからもらった魔宝石が王太子の証だったこと、それをエアは知らないことなどなど。
話を聞くにつれて、父の眉間の皺がどんどん深くなっていく。
「これ以上、その問題に深入りしないように、というのは難しいのだろう?」
「ええ……」
ヴィルは深々と頭を下げ、謝罪した。
「力が及ばず、ミシャさんを危険な目に遭わせてしまい、本当に申し訳ないと思っています」
「いやいや、その問題は……もうどうしようもないだろう」
父もどう助言していいものかわからないという。
一介の地方領主である父には荷が重すぎる問題なのだ。
「もしも、危機的な状況になったら、迷わず二人揃ってラウライフに戻ってくるといい。王都からは離れているし、冬以外でも、道を知らない者がこの地にたどり着くことは難しいだろうから」
その言葉が何よりの勇気となる。父に感謝したのは言うまでもない。




