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クレアとヴィルと

 その後、クレアがヴィルに謝罪したいというので、お茶の席を設けた。

 ヴィルのお腹はお茶でたぷんたぷんなのではないか、と心配だったが、あと少しだけ頑張って欲しいと心の中でエールを送る。


「リンデンブルクさん、先ほどは失礼な態度を取ってしまい、申し訳ありませんでした」


 クレアは深々と頭を下げ、反省していると打ち明けた。


「ミシャを想っての行動だったのだろう?」

「え?」

「ルドルフ・アンガードが酷い男だったから、ミシャのために、私がどのような男か確かめていたのだろうな、と考えていた」


 クレアの目論みは、ヴィルにとってすべてお見通しだったようだ。


「納得するまで、私を試すといい」

「試すだなんて、そんな……。ミシャお姉様のお話を聞いたら、納得しましたので」

「本当か?」

「はい、嘘は言いません」

「よかった。では、家族共々公認の婚約者になったというわけだ」


 両親と何を話していたのか、と気になっていたが、ヴィルは婚約の話を詰めていたようだ。

 まさか一時間ちょっとで両親を納得させていたとは……。


「ヴィル先輩、その、お父様とお母様も、特に反対はしていないと言っていたのですか?」

「いや、最初はもっといい相手がいるのではないか、と言われてしまったのだが、私がいかにミシャを大切に想っているか、結婚したいか、という想いを一時間近く語ったら、最終的にはどうぞ、と言って許可してくれた」

「わあ……」


 大変な演説を両親は聞かされていたらしい。魂が抜けていないといいけれど……。

 ヴィルはクレアにも語って聞かせようか、などと訊いていたものの、クレアは丁重にお断りしていた。


「私のことは気にせず、どうぞお幸せに!」


 クレアはそう言って、そそくさといなくなってしまった。

 まさか帰ってきて一時間ちょっとでヴィルとの婚約が家族公認になるなんて、夢にも思っていなかった。

 さすがとしか言いようがない。


「疲れたでしょうから、少し休んでください」

「ああ、そうだな」


 使用人が大急ぎでヴィルのための部屋作りをしてくれたので、おそらく整っている頃だろう。


「それはそうと、ここはミシャの部屋なのか?」

「あ――はい」


 クレアと仲直りさせるために、ヴィルを部屋に招いたのだ。

 勉強のためのテーブルと椅子に、魔法書が申し訳程度に並んだ本棚があるばかりの、非常にシンプルな一室だ。


「何もなくって」

「そんなことはないだろう。少し見てもいいか?」

「はい」


 わざわざ見るものなんてないが、ヴィルが望むので好きにさせておく。

 どうやらヴィルは本棚が気になったらしい。

 薬草学の本を手に取り、ぱらぱらとページをめくっていた。


「すごいな。熱心に勉強した形跡がこれでもかとある」

「本が先生でしたので」


 かつてのラウライフには医者がいなかったため、領民に何かあったときは領主一家が出向き、薬草の知識で治していたという過去がある。

 そのため、薬草関係の本だけはたくさんあったのだ。


「勉強熱心なミシャのおかげで、私は助かった」


 かつてのヴィルは悪しき者に毒を盛られ、長きにわたって苦しんでいたのだ。

 それを救うきっかけになったのが、私が作る魔法薬だったわけである。


「なんだかずいぶん前の出来事のように思えて、不思議ですね」

「ああ、そうだな」


 ほんの数ヶ月しか一緒に過ごしていないのに、もうずっと前から知り合いだったような感覚がある。


「ミシャ、これからも頼む」

「もちろんですよ!」


 私に助けられることなんてないだろうが、許される限りは傍にいて支えたい。

 ヴィルはそんなふうに思ってしまう初めての男性ひとだった。


 九ヶ月前、私は同じ場所でルドルフからとんでもない宣言を受けた。

 ――リジーのお腹に僕の子がいる

 婚約破棄してくれと言うと思いきや、ルドルフはありえないことを言ってきたのだ。

 ――ミシャ、頼みがある。僕の第二夫人になってほしい

 その日から前世の記憶が甦ったのと同時に、私を抑圧していた枷が一気に解放された。

 私はさまざまな意味において、自由を手にできたのだ。

 ただこの自由は、家族のおかげで成り立っているものである。

 今後、家族に恩返しができるよう、これまで以上に勉強を頑張ろう。

 そう、心の中で誓ったのだった。

 

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