対話
しばらくすると、クレアは落ち着いた。
「あんなに泣いてしまうなんて恥ずかしい……」
「大丈夫、誰にだって泣きたくなる日はあるわ」
「ミシャお姉様も?」
「ええ、もちろん」
一番よくないのは泣くのを我慢することだろう。こうしてクレアが負の感情を表に出してくれることは、私にとってはいいことなのだ。
「ごめんなさい。ミシャお姉様の婚約を聞いて、最初は嬉しかったの。でも、日に日に心配になってしまって……」
相手はリンデンブルク大公のご子息だ。正直釣り合いなんて取れていない。そのため疑う気持ちが積もっていったという。
「リンデンブルクさんに生意気な態度を取ったのは、ルドルフみたいに騙されていないか確認する目的もあったのだけれど、ミシャお姉様を盗られるかもしれないって考えたら、なんだか悔しくなって」
「そうだったの」
ヴィルがルドルフと違って、誠意ある態度であろうとしている部分は感じ取っていたという。
「あの人、月に二、三回はお父様にお手紙を送っていたし、私達を気遣うような言葉もあったみたいで……」
「そうだったのね」
父とヴィルが連絡を取っていることは知っていたものの、そこまで頻繁に送っていたとは知らなかった。
「というか、私よりも手紙を送っているわね」
「そうなんです。ミシャお姉様の近況は、リンデンブルクさんに聞いたほうが早いって、お父様も言っていました」
最初は魔法学校の授業についていくのに必死で、父の手紙に返していたのは三通のうち一通とか、そんな感じだった。
ここ最近も国王陛下の食事係を担当したり、部活動に励んだりとバタバタしていたので、絵葉書に〝元気に楽しく暮らしています!〟という簡単な返事になっていたのである。
「手紙の様子から、リンデンブルクさんがお姉さまを大切に思っていることはよくわかっていて、感謝したい気持ちでいたんです」
しかしながら久しぶりに本人を前にしたら、気持ちが真逆に変わっていたという。
「なんというか、少しミシャお姉様やリチュオル子爵家に対しても失礼な発言になると思うのですが……あのように立派で容姿に恵まれた御方が、わざわざ辺境出身の子爵家の娘を結婚相手に選ぶなんて、何か裏があるとしか思えなくて」
「わかるわ」
ヴィルみたいな高位貴族出身の男性が、政治的になんの益も生まれない娘との結婚を強く望むなど、普通はありえないのだ。
そんなありえないことを、いとも簡単にやってのけるのがヴィルである。
「その、馴れ初めというか、どういった出会いをしたのか、聞いてもいいですか?」
「もちろん!」
クレアが納得するかわからなかったが、ヴィルとの出会いについて可能な限り打ち明けることとなった。
「――というわけで、今に至るの」
「なるほど、いろいろあったわけですね」
かい摘まんで話したものの、一時間もかかってしまった。
「数ヶ月間の間に、リンデンブルクさんはミシャお姉様と濃い時間を過ごしたのですね」
「ええ、そうね」
すでにルドルフと一緒に過ごした日々よりも長く、深い意味のある時間になっているだろう。
「リンデンブルクさんの裏の顔が見え隠れしたら仲を引き裂こうと思っていたのですが、ミシャお姉様との馴れ初めを聞いたら、裏の顔なんてとんでもない、リンデンブルクさんはミシャお姉様なしでは暮らしていけないように思えてなりませんでした」
「いえ、それは私視点の話を聞いていたからじゃないかしら?」
「そんなことありません。断言できます」
少し偏った説明になっていただろうか。よくわからないが、ヴィルに対するクレアの誤解が解けたようでホッとしたのだった。
「ところでミシャお姉様」
「まだ何か質問があるの?」
「質問というか、先ほどから窓に張り付いているスライムみたいな生き物はなんなのですか?」
「スライム――あ!!」
窓の外から張り付き、恨みがましい目で見ていたのはジェムだった。




