雪国への備え
私が作ってきたお菓子は休憩時間のお供にと考えていたのだが、ヴィル特製のチーズタルトを食べてしまったあとは、おいそれと出せるものではない。
ちなみに私が作ったのは、グラノーラをキャラメルで固めてスティック状にカットしたバーである。
一つ一つワックスペーパーに包んできたので、移動中も食べることができるだろう。
そんなわけで、グラノーラ・バーは雪国に必須の行動食としてヴィルに配布することにした。
「行動食か。そういえば気温が低い土地ではそのような物が必要だったな」
一学年のときの雪山課外授業を思い出したという。
「出発前のオリエンテーションで教師達がしつこく説明していたのに、雪山課外授業の当日、多くの生徒が熱量不足で倒れた」
その多くは女子生徒だったらしい。
「聞けば、減量中に太りそうな行動食を食べることなど許せない、死んだほうがマシだ、と言っていたとかで」
命と体重の増加を天秤にかけ、食べないという選択をした人の多さを知ったヴィルは、何度同じ話を聞いても理解ができなかったと話す。
「ミシャは減量などしないでほしい」
「太ってもいい、ということですか?」
「ああ。重量が増えた分、この世界にミシャが占める割合が増えるだけだからな」
私が太ることに対してこんなにも好意的に捉えてくれる人など、世界を探してもヴィル以外にいないだろう。
「それを聞いて安心しました! 今後も遠慮せずに、ヴィル先輩のおいしい料理を食べていこうと思います」
そんな言葉を返すと、ヴィルは満足げな様子で頷いた。
セイグリッドもしっかり休めたようなので、移動を再開していく。
王都から離れるにつれて、地上の景色が自然豊かになっていく。
牧場の上を通過し、農村を越え、山々を飛び越えていく。
ラウライフに近づくにつれて天候が悪化しつつあるが、セイグリッドが展開してくれた結界のおかげでなんの影響もなかった。
移動中、小腹が空いたらグラノーラ・バーを食べる。食べやすい形状なので、サッと出してモグモグできた。
ヴィルも行動食に最適だ、と絶賛してくれた。
「雪山課外授業のときも、手作りの行動食を作ったんです」
「どのような品を作ったのだ?」
「羊羹とどら焼きです」
「なんだ、それは? 初めて耳にする物だが」
そうだった。この世界に和菓子なるものは存在しないのだ。
「羊羹は豆を煮込んで作る、ねっとりしたゼリーみたいなもので、どら焼きはパンケーキに煮込んだ豆を挟んだお菓子なんです」
「想像できない」
ある程度寒い中でもカチコチに凍らないお菓子をチョイスしたのだが、エアにあげたときもヴィルと同じような反応だったのを思い出す。
「その菓子はラウライフで販売されているのか?」
「いえ、その、前世で作られていた料理なので、この世界で販売はされておりません」
「そうだったのか」
興味が湧いたので、食べてみたかったらしい。
「ラウライフに材料があれば、作ってみましょうか?」
「いいのか?」
「ええ!」
もしかしたらラウライフを案内するかもしれないので、その際に携帯するお菓子にすればいい。
「楽しみにしておこう」
その後、二度目の休憩を行ったあと二時間ほど飛行したら、雪深い景色が広がる。
「ヴィル先輩、ラウライフです!」
見渡す限りの銀世界であるが、私の目には春の訪れを感じている。
けれどもヴィルにとっては、冬の雪深い光景にしか見えなかったようだ。
「王都は春が訪れつつあるというのに、ラウライフはまだこのように雪が積もっているのだな」
「そうなんです。初夏くらいになって、やっと雪がなくなるんです」
ラウライフに限って春といえば緑豊かなというイメージはなく、少しずつ雪が解けていく様子が思い浮かぶのだ。
「一応、これでも雪が溶け始めているんですよ」
「そうは見えないが」
今くらいから、凍った湖上で行うアイスフィッシングは禁止され、川も水位が高くなるので安易に近づかないように注意される。
そういった声を聞くと、春が訪れたんだな~と思うのだ。
「あの赤い屋根の家がミシャの実家だな」
「はい!」
十時間の移動を経て、ラウライフに帰ることができた。
ここまで頑張ってくれたセイグリッドに感謝したのは言うまでもない。




