ミュラー男爵の屋敷へ
翌日、ヴィルと一緒にミュラー男爵の屋敷を訪問する。
ジェムはお留守番かと思いきや、意気揚々とした様子でついてきて、リンデンブルク大公家が用意した馬車に乗り込んでいた。
移動中、ヴィルからミュラー男爵について質問を受けた。
「ミシャ、ミュラー男爵というのはどういう人物なのか?」
新興貴族であるため、ヴィルは会ったことなどないという。
もともと社交界に顔を出さない人物だったため、余計に知り合う機会などなかったのだろう。
「ミュラー男爵は一言で言えば、エアの絶対的守護者、でしょうか?」
初対面のさい、私に敵意を剥き出しだったのを思い出す。
ミュラー男爵は私のことをエアを誑かす愚かな女だという認識だったのだ。
そのイメージが覆っていたらいいが、と思う。
「なるほど、私も嫌われないよう、気をつける必要があるようだな」
「ヴィル先輩は大丈夫だと思うのですが」
「いや、わからないからな。用心に越したことはないだろう」
ミュラー男爵の屋敷は中央街と下町の中間くらいに位置しており、以前までは人通りの少ない静かな住宅地という感じだった。けれども数ヶ月経った今、再訪すると周囲にさまざまな事務所や商店が並ぶ賑やかな通りになっていて驚く。
きっとミュラー男爵が仕事をしやすいように整えた環境なのだろう。
豪邸と言っても過言ではない立派な屋敷を眺めつつ、扉を叩くと以前会った老執事が迎えてくれた。
「いらっしゃいませ、ミシャお嬢様」
お嬢様などと言われ慣れていないのでくすぐったく思ったが、なんとか会釈をして流しておく。
「旦那様が客間でお待ちですので」
待っていると言われると、途端に緊張してしまう。ヴィルも初対面の相手だからか、普段より引き締まった態度でいるようだ。
客間に入ると、想定外の歓迎を受けてしまった。
「ミシャ、来たか!」
エアが笑顔で迎えてくれた。その背後に、にこやかなミュラー男爵の姿を発見する。
以前とは違って、私達を歓迎するようなやわらかな空気を放っていた。
「よくぞおいでくださいました。自分の家のように寛いでくださいね」
「は、はあ」
歓迎ムードを前に戸惑ってしまう。
というか、エアがいるのが想定外だった。
でも、ここはエアが身を寄せる家なので、いて当然なのだが。
香り高い紅茶と焼き菓子が運ばれてくる。
紅茶は輸入ものの一級品のようだが、緊張で味や香りなどわからなくなっていた。
ミュラー男爵はお菓子をおいしそうに食べるエアを、愛おしそうに見つめている。
親のような愛情をエアに対して抱いているように見えた。
ミュラー男爵はなぜ、レナ殿下の双子の片割れかもしれないエアとその母親を支援していたのか。
事情を知る人物であることは間違いないだろう。
遠回しでもいい。何か事情を聞きたい。
けれどもエアがいる前で聞くのは気が引ける。
にこにこエアを眺めていたミュラー男爵だったが、私達のほうを見ずに質問を投げかけてきた。
「して、今日はどうして我が家を訪問されたのですか?」
「それは――」
「俺に会いにきたんだよな!」
言葉に詰まっていたらエアがタイミングよく発言してくれたので、それに乗っかる形となった。
「ええ、そうなんです。エアが私を見舞いたい、なんて話を聞いていたものですから、実家に帰る前に会いたくて」
「そうだったのですね。見舞い、というと何かあったのですか?」
「おじさん、ミシャとリンデンブルク監督生長はすごかったんだ! 竜に乗ってどかーんと飛んで、逃げていたルドルフ先生を捕獲したあと、なんかすごい魔法をばーんと打ち返して!」
エアの話を聞いていただけでは、何が何やら、という感じである。
「ああ、そういえば保護者宛に魔法制御系の大きなトラブルがあったと連絡がありましたね。生徒にはけが人などなかったとありましたが」
「私はヴィルフリート監督生長の魔法に驚いて、少し失神してしまっただけなんです」
大事ではなかったとアピールしておく。
「なるほど。しかし大変だったのですね」
「いえいえ、その、主にヴィルフリート監督生長が大変だったと言いますか」
会話をする中で思う。エアがいなくても、きっとミュラー男爵から上手く聞き出すことは難しい、と。
時折見せる隙のない鋭い眼光が、私達を探るように見ていたのだ。
エアの友人として歓迎するようなムードはあっても、敵か味方が見極めているのだろう。 今日のところは引き返そう。そう言わんばかりの目でヴィルが見てくる。私は小さく頷いた。
そろそろお暇を――と思っていたら、ジェムが思いがけない行動を取る。
王太子の証である緑色の魔宝石を、エアの前に突き出したのだ。




