二人の気持ち
ヴィルが地上を覗き込んだものの、すでに黒いダイヤモンドは肉眼で捉えられなくなったようだ。
学校の敷地内だが、落下していったのは木々が鬱蒼と生えた場所である。
「ヴィル先輩、あの辺りの木々が生えた場所はなんなのですか?」
「錬金術などに使う魔法植物があるエリアだ」
「魔法植物というと、走る雑草とか、地面を這う蔓などですか?」
「まあ、そうだな」
通常であれば錬金術の授業を取っていない者などは立ち入り禁止なのだが、世界の危機を前に校則なんて気にしている場合ではないのだろう。
「ヴィル先輩、私が探してきます」
「いや、一緒に行こう」
ヴィルはセイグリッドにジェムとルドルフのことを頼むと、その場に立って私へ手を差し伸べる。
「あの、どうやって下りるのですか?」
「落下中に浮遊魔法を展開して、着地に備える」
「うわあ」
それが手っ取り早いらしい。箒で飛んでいこう、なんて考えていたのだが、速度については考えていなかった。
きっとヴィルに任せておいたほうが早いのだろう。そう思って差し伸べられた手を握る。
ヴィルは私を横抱きにすると、躊躇いもせずにセイグリッドの背中から飛び降りた。
「ジェム、ルドルフ先生のことをしっかり捕まえ――ひやああああああああ!!!!」
ひゅっ、と胃の辺りが冷え込むような心地悪い感覚に襲われる。
こういうとき、奥歯をしっかり噛みしめていないと舌を噛んで危ない。
しっかり知識としてあったのに、実際にこういう事態に直面すると実行できないものだ。
すさまじい速さで落下していった私達だったが、途中でヴィルが魔法を展開させ、タンポポの綿毛のようにふわふわ舞うように着地する。
「ミシャ、すまない」
「いいえ、少し大げさに叫んでしまいました」
着地地点で『ヒイヤアアアア!』という甲高い声が聞こえてギョッとする。
声がしたほうを見ると、右に左にと激しく揺れる草を発見した。
ヴィルが冷静な様子で「あれは〝笑い薬草〟だ」と教えてくれた。
「精神を抑圧させる魔法の症状を治す液剤の素材となる」
「わ、わかりやすい薬草ですね」
錬金術の授業では魔法由来の症状を治す薬を習うようで、錬金術師になるための必須授業となる。魔法薬師とは違った方向性のエキスパートというわけだ。
魔法学校の敷地内にはさまざまな魔法植物が栽培されているようで、常に視界でうごうご何かがうごめいている。
「ヴィル先輩、ここってどれくらいの規模なんですか?」
「前に錬金術の先生から、四十四エーカーくらいだと聞いた覚えがある」
「四十四エーカーですか!?」
たしか、東京ドームが十一エーカーくらいだから、その四倍。
思っていた以上の広さだ。
草花が高く生えている場所もあり、池や沼などもあるという。目視で探せるような場所ではない。
ただ、私達には魔法がある。
「おそらく強い魔力を発しているだろうから、審検に引っかかるはず」
「私も探してみます!」
と言ったあとでふと気付く。
「もしかして私って必要ありませんでした?」
「どうしてそう思う」
「いえ、その、二人で一緒に探すというのは意味のないものだと思いまして」
ヴィルならば私よりも高位の審検を使えるだろう。私はセイグリットの背中で、ルドルフを監視しておくべきだったのだ。
「いや、ミシャは一緒にきてほしかった」
ヴィルは真剣な眼差しを浮かべ、私の手を握ってくれる。
「ルドルフ・アンガードがいる場にミシャを一人で残したくなかった。そのあと、もしも世界が終焉を迎えてしまったら、死んでも死にきれなかっただろう」
奇しくも、同じようにヴィルも私とルドルフが結婚をして救われる世界で生きるよりは、終焉を迎えたほうがマシだと考えていたという。
「まあ、あの宝石を見つけたとしても、どうにかなるとは思えないがな」
「ええ……」
のんきにお喋りをしている場合ではない。
私とヴィルは聖女でも勇者でもないが、できることはしなければ。
共に審検を展開させ、それぞれ異なる範囲を探してみる。
すると、ヴィルと私、両方に反応があった。




