絶望
校長先生に続いて、リンデンブルク大公とレナ殿下も国王陛下に魔王復活を報告にいくという。
部屋には私とヴィル、ホイップ先生が残された。
上空の魔法陣がとてつもない速さで書き換えられていく。
まるで元からある呪文を蝕むような、悍ましいものである。
「魔王の封印が解かれていくようねえ」
こんなときでもホイップ先生はのんびりとした口調を崩さない。
ジェムも床に平たく伸びていて、緊迫感など皆無だった。
「まさか二百年生きて、最期が魔王に滅ぼされるなんて、夢にも思わなかったわあ」
「ホイップ先生、人間側が勝つ可能性はまったくないのですか?」
「準備期間があればよかったんだけれど~」
なんでも魔王の討伐には、勇者に聖女、重騎士、賢者の存在が必要らしい。
この世界にいない場合は異世界から召喚する必要があるらしく、戦闘など未経験者が多い。そのため修行の意味もある魔王討伐の旅をしなければならないのだ。
たしかに、前世での漫画やアニメ、ゲームの世界でも、いきなり魔王が復活して戦闘になる、というパターンはなかったような気がする。どの作品も、旅を経て実力を培い、魔王に挑んでいた。
「あらあら……」
上空に新たな魔法陣が浮かび上がる。その魔法をホイップ先生は知っているようだ。
「あれは滅びの呪い――」
どうやら封印されていた魔王の怒りは相当なものらしく、人類を一気に一掃するつもりらしい。
「と、私はお邪魔だったわねえ。職員会議にも参加しなくては~」
ホイップ先生は手を振りながら去って行く。最期のお別れにしてはあっさりしていた。
窓の外から生徒や保護者の様子を見る。思いのほか落ち着いているように見えた。
その後、校内放送が流れる。天候悪化により馬術大会は一時中断、と告げられた。
混乱を避けるためにこのような表現になったのだろう。
生徒は転移巻物を使って寮に避難、保護者も学校の転移扉を使って帰宅するよう告げられた。
出店もどんどん撤収しているようだ。
ヴィルを見ると、なんとも言えない複雑そうな表情をしていた。
「大丈夫ですか?」
ヴィルは言葉を返さない代わりに、私の手をぎゅっと握った。
「不思議なものだな。ミシャと出会うまでは、人生に希望なんてなくて、明日、世界が滅びても悔いなどないと思っていたのに」
出会ったときのヴィルは酷い発作と咳に苦しみ、生きるのもやっとという感じだった。
けれどもそれは不治の病でもなんでもなく、ヴィルの命を狙う悪質な毒だったのだ。
「今は、ミシャが魔法学校を卒業する様子を見守りたいし、結婚式での花嫁衣装を着ている姿を見てみたいし、新婚生活も楽しみにしていたし――とにかく、ミシャといることが生きる希望だった」
まさかヴィルの人生にそんな影響があったなんて夢にも思わなかった。
「だから、世界が今にも滅びるかもしれないと知って、とても悔しい!」
「私もです」
ヴィルが幸せになるまで見届けたかったし、国家魔法師になるという夢も叶えたかった。
二学年からの授業も楽しみだったし、友達みんなの将来も応援したかった。
「なんだか腹が立ってきました!」
「そうだろう?」
このまま何もしないで魔王に滅ぼされるなんてごめんである。
ただ、私達が何かしてどうにかなる相手でもないのだろう。
「封印が解けていない今ならば、何かできるかもしれない」
「ええ」
ヴィルは使い魔である竜セイグリッドに乗って様子を見に行きたいという。
「ヴィル先輩、私も行きたいです!」
絶対反対されるだろうと思ったが、ヴィルは「わかった」と言ってくれた。
そんなわけで、ヴィルと一緒に上空の様子を見に行くこととなった。




