トラブルを招く男
突然のジルヴィードの登場に、ヴィルが庇うように私の前に立つ。
「何用だ?」
「いや、緊急事態なんだ!」
ここ数日、姿を消していたジルヴィードだったが、まさかここで会うなんて。
ホームルームのときにはいなかったのに、この時間になって学校にいるとはいいご身分だと思った。
「緊急事態って、ルドルフとリジーが私達にした嫌がらせのこと?」
「何それ、知らない」
どうやらルドルフの監督も行き届いていなかったらしい。
ジルヴィードがルドルフを連れてきたのだから、しっかり手綱を握っておいてほしいのだが……。
「君、そんなものを被って探すのに苦労したよ! 髪色が雪白で珍しかったから発見できたけれど」
髪も帽子か何かで隠しておくべきだった、と後悔する。
「それよりも、ルドルフが大変なことになっているそうよ。もしかしたら免職になるかも――」
「ルドルフのことなんてどうでもいいんだ! いいからこっちに来てくれ!」
「おい、いい加減に」
「国の、いいや、世界の危機になるんだ!」
「はい!?」
そんなことを言って私達の気を引くつもりなのか、と思った。
けれどもジルヴィードの様子が普通ではないことに気付く。
唇は紫色で、顔も真っ青。全身が小刻みに震えていた。
表情の一つ程度であれば演技でなんとかなるが、体の状態までどうこうできるものではないのだろう。
ヴィルも同じように判断したようで、顔を見合わせて頷く。
人に聞かれてはいけない話のようなので、ガーデン・プラントに移動することとなった。
家に入れたくないので、噴水がある広場のベンチで事情を聞こう。
「それで、何があったのか?」
ヴィルが尋問するように問いかける。
「それが、その――〝王太子の証〟が紛失していたんだけれど」
それについてヴィルは記憶が消えているので初めて耳にする形となる。ヴィルはとんでもない話題を前に片眉をピンと上げていたが、それ以上の反応を示すことはなかった。
「レナハルト殿下はそもそもご存じでなかった。それで国王陛下からの情報を得たところ、王妃様が保管されているとのことで、なんとか面会が叶ったんだ。けれども、王妃様は王太子の証なんて知らない、目にした覚えもない、なんて言い出してしまって」
国王陛下はたしかに言った。王太子の証は王妃が管理しているという話だった。
どちらかが嘘を吐いているのだろうか?
いいや、そんなはずはないのだが……。
「レナハルト殿下が持っていないのだから、王妃が所持しているはず。それなのに知らないとか言い出して」
ジルヴィードは大量の脂汗をかき、今にも倒れてしまいそうなほど顔色も悪い。
「王妃がしらばっくれている可能性は?」
「ない! 実は自白魔法を使って聞いたんだけれど、本当に知らないみたいなんだ」
王妃の記憶が抜け落ちているとしか思えないような証言である。
「本来であれば、立太子の儀式でレナハルト殿下の手に渡っているはずなんだ! それができていないということは、封印が、封印が完全なものではなくなってしまう」
「封印、というのはなんのことだ?」
「い、いいい、言えない! 恐ろしくて、とても口になんかできないよ!」
「言わなければわからないだろうが!」
ジルヴィードは世界の命運を握ったのに、救えない勇者のような絶望感を漂わせていた。
「どうしようもなくなって、ミシャを頼ってここにやってきたわけなのか?」
「それもあるけれど、それだけじゃないんだ!」
ジルヴィードが懐から取りだしたのは、コンパクト状の容器に地図が浮かんだアイテムである。レーダーみたいな表示もあり、魔法学校の敷地内で点滅していた。
「実は、王太子の証はここにあるみたいなんだ」
ただ、何かしらの妨害があってざっくりした情報しかわからないという。
「一緒に探して欲しいんだ!」
「その前に、どうして王太子の証が必要なのか言え」
「王太子の証がなければ、何もかもおしまいになるんだ」
「だから、具体的にどうなるのか聞いているだろうが! 先ほど世界がどうこうとか言っていたが、もっと詳しく説明してくれ」
ヴィルがジルヴィードの肩に触れた瞬間、「あっ……!」という弱々しい声をあげて倒れてしまった。
「え、嘘!」
「そんなに強く握っていないのだが」
「ぐう、ぐう、ぐう……」
「ね、眠っている!?」
呆れたことに、ジルヴィードは眠気を我慢していただけだったようだ。
「極限の眠気に襲われるあまり、妄言を口にしていた、というわけではないのか?」
「そうだったらいいのですが……」
ずっと隠しておくつもりだったが、ヴィルに打ち明けるしかないだろう。
ジルヴィードから弱みを握られて協力することになったこと、国王陛下に話を聞きにいったこと、途中ヴィルの記憶がなくなってしまったことなど、洗いざらい説明することとなった。




