ヴィルへのエール
参加者の控え室は事前に行われた予行練習試合の成績によって振り分けられているらしい。上位三名が個室、二十位までが五人部屋、それより下位の者達は大部屋だという。
参加者は五十名ほど。
男女関係なく、馬術に自信がある者が参加しているようだが、女子生徒の参加は五名と少ない。女性専用の休憩室も用意されているので、そこに集まっているだろうとのこと。
ヴィルは予行練習試合で一位だったらしく、個室が与えられていたようだ。
部屋にはサンドイッチやチーズなどの軽食が用意されていて、飲み物も好きなものを好きなタイミングで注文でき、仮眠用の寝台まである。至れり尽くせりというわけだ。
壁際には馬術競技場の乗馬服がかけられていた。
フロックスタイルの革張りの上着に、シャツ、タイ、ベスト、白いズボンを合わせたスタイルは、乗馬の正装である。
金のボタンにはリンデンブルク大公家の家紋が彫られていた。
魔法学校の伝統で、乗馬大会を迎える婚約者がいる女子生徒は、ポケットチーフに名前を刺繍するようで、私も頑張って作ってきたのだ。
白いポケットチーフに銀糸を使って〝ヴィルフリート・フォン・リンデンブルク〟という全名とリスのモチーフ、それらを囲むように守護魔法の魔法陣を刺してみた。
「ヴィル先輩、これを」
「刺してくれたのか?」
「はい」
ヴィルは嬉しそうに受け取り、まじまじと刺繍を見ていた。
上手くできたとは思っているが、ヴィルの目から見たら粗に思えてしまう可能性がある。あまりじっくり見ないでいただきたい。
「ミシャ、ありがとう! これで勝てるだろう」
「ええ、応援しています」
無理に頑張らなくてもいいので、無事に帰ってきていただきたい。それだけが願いである。
別れ際、ヴィルは私の手を握って、手の甲に触れるか触れないかくらいの口づけを落とす。
「必ずミシャに勝利を捧げるから」
「その、ほどほどに頑張ってください。どうか無理だけはせずに」
「わかっている」
控え室の外にはリスやウサギたちが花や木の実などを持って並んでいた。
どうやら彼らもヴィルを応援したいらしい。
お待たせしましたと会釈してから、その場をあとにしたのだった。
エルノフィーレ殿下と別れてから三十分くらい経っただろうか。果物サンドの売れ行きが気になる。
急いで戻ったら、お店の前に長蛇の列ができていた。
接客に慣れていないエルノフィーレ殿下とレナ殿下は冷静さを保っているように見えるものの、内心いっぱいいっぱいなのだろう。
急いで加勢する。
「大丈夫ですか!? お手伝いします!!」
「ミシャ、もういいのか?」
「はい、無事、ヴィル先輩を見送ってきました」
二人とも私の加勢に助かったと言ってくれる。
なんでも最初はエルノフィーレ殿下とレナ殿下が出店しているお店として注目が集まっていたようだが、だんだんとおいしいと評判になって行列が行列を呼ぶような状態になっていたのだとか。
「まさか開店してから三十分でこんな風になってしまうなんて……」
接客経験がないお二人がよくぞ三十分も耐えてくれたものだ、と賞賛したい。
私は前世での物販店のアルバイト経験があるので任せてほしい。
エルノフィーレ殿下には会計係を、レナ殿下には商品のオーダーを聞く係を担当してもらい、私はひたすら果物サンドを用意していく。
こんなに売れるのだろうか、と思うくらい準備した果物サンドだったが、一時間で完売してしまった。
お店の状況を見にきたノアやアリーセ、エアは想定外の人気に驚いていたようだ。
「うわあ、飛ぶように売れているところ、見たかった!」
もしも来年も出店できるのであれば、もっとたくさん用意したい。
なんて野望が芽生えてしまった。
「あら? あれは――」
「アリーセ、どうかしたの?」
「いえ、ルドルフ先生がこちらを覗っているように見えたもので」
アリーセと目が合うと、走って逃げていったようだ。
ルドルフはいったい何用だったのか。
怪しい――そう思った私はメモ紙で鳥を折り、追跡させる。
鳥の視界をジェムに映し出すと、ルドルフを発見することができた。
彼は木陰にしゃがみ込み、誰かと話しているように見える。
「だから、ミシャのお店は大盛況で、すでに商品は売り切れで――」
いったい誰と喋っているのかと思いきや、彼は一人だった。
おそらく魔法か何かで誰かと喋っているのだろう。ルドルフがタイミングよく名前を呼んでくれた。
「いや、本当だって! リジー、僕が嘘を吐くわけないだろう?」
どうやらルドルフはリジーと会話しているようだ。
また、厄介な会話を盗み聞きしてしまった、と思う。
 




