仕込みをしよう
馬術大会を翌日に控える中、校内は浮かれた雰囲気になっていた。
学校も午前中で終わり、校庭までも馬術の練習場所として開放されている。
そんな中、私達料理クラブのメンバーは鑑定魔法で病原菌の保持者でないか確認したのちに、同じように鑑定魔法を用いて問題ないと判断された食材を使って果物サンドを作る。
さっそく調理に取りかかろうとクラブ舎にいったところ、ヴィルがいたので驚いた。
「ヴィル先輩、練習はいいのですか?」
「ああ、細かい調整は昨日のうちにすべて済ませたから、今日は調理に参加しようと思って」
鑑定魔法の検査も受けてきたという。さすがとしか言いようがない。
「一応、果物サンドの作り方も教えてもらった」
なんでもノアに果物サンドの作り方を習い、試作してきたようだ。ヴィルが手にしているバスケットの中には色とりどりの美しい果物サンドが並んでいた。
「試食してみてくれ」
「いいのですか?」
「ああ」
さっそくいただいたところ、パンはフワフワで甘いクリームと酸味が効いた果物の調和がすばらしく、とてもおいしい果物サンドだった。
「合格は貰えるだろうか?」
「もちろんです! まったく問題ありません!」
即戦力で調理に参加していただこう。
運ばれてきた材料の検品をするために箱を開くと、そこには瓶詰めの果物のシロップ漬けではなく、新鮮なイチゴやモモが入っていた。
「これはもしや、温室で育てられた高級果物ですか!?」
「みたいだな」
頼んでいた品ではない。慌てて発注書を確認すると、リンデンブルク大公の名前で書き直された状態だった。
いったいどういうことなのか? 首を傾げていたら、タイミングよくリンデンブルク大公がやってくる。
「どうした?」
リンデンブルク大公の問いかけに対し、ヴィルが答える。
「予定していた物とは異なる果物が入ってきているようですが、何かあったのですか?」
「ああ、それか。なんでも手違いがあって、うちが注文していた瓶詰めの果物が完売していた状態だったらしい」
今から発注しなおしても間に合わないだろうとリンデンブルク大公は判断し、急遽、付き合いのある青果店から果物を取り寄せてくれたようだ。
「そうだったのですね。しかしこれは瓶詰めの果物に比べてかなり高価な品なのでは?」
「瓶詰めの果物を売る商店からいくらか賠償金を受け取っているゆえ、気にするな」
たとえ賠償金を受け取っていたとしても、高級果物の補填額には届かないだろう。きっとリンデンブルク大公が負担をしてくれたに違いない。
ヴィルも気付いていただろうが、それ以上追求せずに感謝していた。
「早く検品を済ませろ。他の部員もやってくるだろうから」
そんなわけで三人で手早く検品を済ませ、メンバーが集まるころには調理を開始することができた。
エアとレナ殿下はパンをカットする係。
エルノフィーレ殿下とアリーセは果物のヘタ取りや皮剥きをする係。
ヴィルとノアは生クリーム係。
リンデンブルク大公と私は仕上げ係となった。
なぜ、リンデンブルク大公と一緒なのか……と思ったものの、振り分けを決めたのは部長であるエルノフィーレ殿下である。
彼女の言うことは絶対! なので従う他ない。
皆の作業待ちとなった私とリンデンブルク大公は手持ち無沙汰となる。
とても気まずいとしか言いようがないのだが、リンデンブルク大公はそうではないようだ。
「ミシャ・フォン・リチュオル」
「はい、なんでしょうか?」
「お前は本当によく頑張っている」
意外な言葉を賜る。そんなふうに思ってもらえていたとは、夢にも思わなかった。
「ヴィルやノアはお前と出会ってから、本当に明るくなった。私にはできなかったことだ。感謝する」
ヴィルやノアがいい方向へ変わっていったのは、きっと二人の努力の成果だろう。私の存在は背中をそっと押しただけに過ぎない。
「私も変わる必要がありそうだ」
「それはどういう――」
会話の途中でカットしたパンや果物、生クリームが届いた。
「よし、調理に取りかかろう」
「わかりました」
二度と話を聞く機会などないだろうが、リンデンブルク大公の中でも何かしらの葛藤などがあったのだろう。
恵まれた環境で育った人にも、いろいろと事情があるんだろうな、と思った。
三時間ほどで果物サンドが完成する。
あとは保冷庫の中に入れて、当日販売するだけだ。
保冷庫は状態維持の魔法がかかっているようなので、作りたての状態で保管できるらしい。なんて便利な道具なのかと思った。
無事、明日を迎えることができそうで安堵する。
ついに、馬術大会当日を迎えるのだ。




