販売開始!
「こちらはアリーセが用意した、オーダーメイドのエプロンでして」
三枚しか入っていないのであれば、それはノアの物だと主張できたのだが、準備がいいアリーセは予備としてもう一枚同封していた。
つまり、リンデンブルク大公の着用を断る理由がなかったのだ。
「その~~~、売り子として立つ者が着る衣装なのですが」
「ならば私も着用しようではないか」
やはりリンデンブルク大公は売り子をする意気込みでやってきたようだ。
そこまでしていただだかなくても~~~~!! という気持ちでいっぱいだったが、本人がやる気に満ちているのにお断りするわけにはいかない。
仕方がないので、リンデンブルク大公にも働いていただこう。
エプロンと三角巾を着用する。エルノフィーレ殿下は侍女に手伝ってもらっていた。
リンデンブルク大公はというと――エプロンのどこに頭を通せばいいのかわからないようで、途方に暮れた様子でいた。
「あの、理事長、お手伝いしましょうか?」
「いいや、これくらい、自分でできる!」
そう言うものの、高貴なお方が自分でエプロンの着用なんてできるわけがない。
エルノフィーレ殿下だって侍女の手を借りていたのだ。
「その、侍従のお方とかはいらっしゃらないのですか?」
「今日はいない。黙って出てきた」
ひいいい、うわああああ~~~~!
と心の中で悲鳴をあげてしまう。今頃リンデンブルク大公家は大変なことになっているのではないか、と心配になってしまった。
一向にエプロンを着用できる気配がないので、仕方がないと思って一芝居打つ。
「わあ、よくよく見たらエプロンの着方、間違っていました。えーっと……」
ひとまずエプロンを脱いで、説明しながら着用していく。
「まずはここに頭を通して~~」
横目でちらりとリンデンブルク大公の様子を見たら、私の言葉に続くようにエプロンを着始めた。いいぞ、と思いつつ続ける。
「次に、ここの紐を背後に回して、腰の位置できっちり結ぶ、と」
リンデンブルク大公は蝶々結びができないようで、固結びになっていた。解くのが大変そうだが、リンデンブルク大公はエプロンを着用できたので、満足げな様子でいる。
続いて三角巾である。これも同じように着用方法が間違っていたという芝居を打ったあと説明していった。
結果、なんとかリンデンブルク大公はエプロンと三角巾を着用できたのだった。
ここだけでかなり時間を要してしまった。他のお店はすでにオープンし、お客さんもちらほらやってきつつある。
急いでテーブルに布を広げて、マシュマロヌガーを並べていった。
試食用のマシュマロヌガーも置いて、ご自由にどうぞというポップも添えておく。
私達のお店も営業スタート! となったのだが、新たな問題が浮上した。
リンデンブルク大公が腕組みしてお店に立つので、とてつもない威圧感があるのだ。
なんだろうか、この、頑固親父がいるラーメン店みたいな雰囲気は……。
貴族のご夫婦が通りかかったのだが、「ヒッ!!」と短い悲鳴をあげて遠ざかっていったのも確認する。
「あ、あなた、今のはリンデンブルク大公では?」
「こ、こんなところにいるわけないだろうが! そっくりさんだ!」
そっくりさんではなく、本人なのだが……。
かわいらしいエプロンと三角巾を着ているので、似ている誰かに思えてしまうのだろう。
このままではマシュマロヌガーが売れない。
エルノフィーレ殿下もどうしたものか、と困ったような表情を浮かべていた。
「ジェム、なんとかできる?」
困ったときのジェム頼り。そう思って声をかけてみる。
客引きをしてくれないかとお願いしたところ、テーブルの上に着地し、ミラーボールみたいな輝きを放ち始めたのである。
「な、なんだ!?」
「すごい光が」
「きれいだわ」
光に吸い寄せられる虫のように、人がたくさん集まってくる。
こんな客引きの方法があるのか! と感心するのと同時に、別の効果があることに気付いた。
なんとミラーボールの眩い光でリンデンブルク大公の姿が見えなくなっているようだ。
さすがジェムだ、と大いに褒めたのは言うまでもない。
そこから飛ぶようにマシュマロヌガーは売れた。
リンデンブルク大公は慣れない様子で接客をこなしてくれる。エルノフィーレ殿下も侍女と共に頑張ってくれたようだ。
一時間と経たずにマシュマロヌガーは完売する。
何もかもすべて終えたあと、リンデンブルク大公は達成感に満ちた表情を浮かべていた。
なんとか無事、マシュマロヌガーを売ることができたのでよかったよかった、と思ったのだった。




