料理クラブについて
その後、想定していたよりも早く用事が済んだので、カフェテリアに立ち寄って料理クラブの活動についてエルノフィーレ殿下と一緒に考えてみる。
私は生クリームがたっぷり載ったホットチョコレートを頼み、エルノフィーレ殿下は蜂蜜入りのミルクを注文した。
数分後、届けられたホットチョコレートを見たエルノフィーレ殿下は、カップに山盛りになった生クリームを前に驚きの表情を浮かべる。
「個性的なホットチョコレートですね」
「人気メニューなんですよ。一口食べてみます?」
そう言って匙で生クリームとホットチョコレートを掬い、エルノフィーレ殿下に差しだす。
目を丸くするエルノフィーレ殿下を見て、王女殿下相手に「あ~ん」をするなど不敬かもしれない、と気付く。
引っ込めようとした瞬間、エルノフィーレ殿下はパクンと食べてくれた。
頬に手を当てて、うっとりとした表情を浮かべる。
「とてもおいしいです」
「よ、よかったです」
生クリームを絞ったホットチョコレートを口にするのは始めてだという。
「次は自分で注文してみます」
「ええ、ぜひ」
お気に召していただけたようで、内心ホッとしたのだった。
ホットチョコレートを飲みつつ、エルノフィーレ殿下と料理クラブについて話し合う。
「実績になるような料理活動……普段、慈善活動でしているようなことでしょうか?」
「ああ、なるほど! でしたら養育院を訪問して、料理を作るのもいいかもしれないですね」
慈善活動であれば、外出許可も取りやすくなるだろう。
「他には……そうですね、たとえば少し規模が大きくなってしまうのですが、寮母や庭師など、校内で働いている人々を招いて労いの会を開催するのはいかが?」
「いいですね! 学校側から許可と予算の確保ができたらやってみたいです」
他にも、下町での炊き出しや騎士隊への差し入れ、慈善市へ出店し売り上げを養育院に寄付するなど、さまざまな活動のアイデアを出していった。
「部員が集まればいいのですが」
「大丈夫ですよ! きっと興味がある人がいるはずです!」
明日、頑張って勧誘してみるぞ! と気合いを入れたのだった。
エルノフィーレ殿下と別れ、王城へ向かう。
あれから国王陛下の容態はさらにぐっとよくなり、療養食から普通の料理へ移行しつつある。
本日のメニューはレンズ豆のスープにカボチャグラタン、干しタラのソテーを作った。
調理後、料理長や料理人にクラブ活動について打ち明けると、私の実績になるのならば大賛成だ、と言ってくれた。
「まあ、もちろん国王陛下の許可も必要だが、きっとお許しになってくれるだろう」
なんでも私が放課後にここへやってきて料理を作ることに対し、申し訳ないという気持ちがあったという。
「学生は勉強が本分で、放課後にやりたいこともあるだろうに、と思っていたんだ」
今後、料理クラブの許可が下りたら、料理長達も全面協力し、サポートもしてくれるという。
「料理のことだったらなんでも相談してくれ」
「ありがとうございます」
ここでも、頼りになる味方ができたのだった。
その後、ヴィルのところへ行こうとしていたら、リンデンブルク大公が待ち構えていた。
「少し話をしたい」
「は、はい」
いったい何用なのか。ドキドキしながらあとをついていった。
王宮の客間に通され、メイドが紅茶を用意してくれた。
腕組みして対面する位置に座ったリンデンブルク大公は、メイドが背後に下がったあと話し始める。
「まず、サーベルト大公家の子息ジルヴィードとの約束事についてだが、解消させたので今後は気にするな」
国家間の問題にもなっていないと聞いて深く安堵する。
「ジルヴィード先生は何か言っていませんでしたか?」
「いいや、こちら側から話を持ちかけたら、すぐに受け入れてもらえた」
「そうだったのですね」
ジルヴィードは本気で国家間の問題にするつもりなどなく、あくまでも私を脅すための言葉だったのだろう。たちが悪いことには変わりない。
ひとまず、今後は心配しなくていいようなので、校長先生とリンデンブルク大公の働きに感謝したのだった。
ただ、話はこれだけではないらしい。
「一点頼みがある。今回の件について、ヴィルには話さないでほしい」
どうやらこれから私がヴィルに打ち明けようとしていたことを見抜いていたようだ。
なぜわかったのかと聞くと勘だという。
「息子はミシャ・フォン・リチュオルが絡むと、冷静な思考ができなくなる。何をするかわからないから、黙っておけ」
たしかに、これまでもヴィルは物騒な発言を繰り返し、実行こそしなかったものの、肝を冷やすような思いをした覚えがあった。
何かあったらなんでも話すようにと、ヴィルと約束していたものの、この件に関してはあまりにも過激な内容なので、打ち明けないほうがいいのだろう。
ここでふと、疑問に思ったことを口にしてみる。
「その、私との婚約が破談になるほうがリンデンブルク大公家側としては都合がいいと思ったのですが、なぜ味方をしてくださったのですか?」
「なぜ、そう思う?」
「いえ、私と彼はあまりにも家柄や身分がかけ離れていますし」
手放しに喜べるような婚約相手ではないだろう。
「ヴィルの命を助け、ノアと仲良くし、国王陛下の料理番を務める者以上に、ヴィルの結婚相手として相応しい者などいないだろう」
そうぶっきらぼうに言うとリンデンブルク大公は立ち上がり、「これからも皆を頼んだぞ」と言い残して去って行った。
まさかリンデンブルク大公から認められていたなんて……。びっくりしてしまった。




