レナ殿下との帰り道
夕日を背にするように、レナ殿下と並んで歩いて行く。
ちなみに取り巻き達には、レナ殿下が爽やかに「二人で帰りたいから、あとを追わないでくれ」とはっきり言って解散を促していた。なんというか、強い、と思った瞬間である。
「今日は一日、後ろの席の男子――エアといったか。彼と一緒にいたのだな」
「ええ」
なんでもレナ殿下は私を昼食に誘おうとしていたようだが、授業が終わってすぐにエアと一緒に弾丸のように駆けていったので、声すらかけられなかったと、少し拗ねたように言ってくれる。
「彼とは特別な関係なのか?」
「友達なの」
レナ殿下は恋人同士か否か聞いていたのだろう。
エアについては特別な関係とも言えるので、質問に否定した上に、ただの友達とは言いたくなかった。
「交際しているわけではないのか」
「ええ、そうよ」
ヴァイザー魔法学校は結婚相手を探す場でもあるので、男女が一緒にいたら、そういうふうに誤解されるのも無理はないのかもしれない。
「男女の友というのは珍しいので、誤解する者もいたようだ」
たしかに、学生時代に男女で行動するお友達なんていなかった。
不思議と、エアは何も気にしないで付き合える相手なのだ。
「エアとは対等な関係なの。彼が男とか、女とか、気にしたことはないわ。そういうものを超越したお友達なの」
すたすたと歩いていたら、レナ殿下がついてきていないことに気付く。
振り向くと、レナ殿下が涙をぽろぽろ流していたのでギョッとした。
「ど、どうしたの!?」
慌てて駆け寄り、ポケットに入れていたハンカチで涙を拭う。
「いや……すまない。性別など関係なく、関係を築けるミシャとエアが羨ましく思って。私は、私はこんなだから……」
どうやって泣き止ませたらいいかわからなかったので、レナ殿下の体をぎゅっと抱きしめる。
「私はあなたがどんな存在でも、お友達で居続けるから」
今はこんな言葉しか言えなかった。
けれどもレナ殿下は私をぎゅっと抱き返し、耳元で「ありがとう」と言ってくれた。
すれ違う生徒の視線がザクザクと突き刺さる。
一言、レナ殿下に帰りましょうと言うと、転移魔法でガーディアン・プラントまで送ってくれた。
「ミシャ、また明日」
去ろうとするレナ殿下を引き留め、朝食に誘った。
「あの、明日も一緒に朝食を食べましょう」
「しかし、私には金貨以外、返せるものがないのだが……」
「だったら、そうね。食材をいくつか用意してくれたら嬉しいわ」
「たとえば?」
「ジャガイモとか、ニンジンとか、お肉とか」
こんなふうに言ったら大量に用意してくるかもしれないので、一個か二個でいいと言っておく。
「わかった。明日は食材と一緒にやってくるから」
「ええ、お願いね」
そんなわけで、私はレナ殿下と一緒に朝食を食べる約束をしたのだった。
◇◇◇
今日も今日とて、着替えて温室の薬草のお世話をする。
幸運なことに、本日もジェムが手伝ってくれたため、三十分で終えることができた。
ホイップ先生のところに報告に行くついでに、個人指導教師の必要性についても訴えてみる。
「言われてみればそうねえ。でも、うーーん、新しい人を入れても続くかしら~」
なんでも個人指導教師は先生が直接スカウトし、学校側に交渉して登録する仕組みらしい。
「私が教えられたらいいんだけれど、この通り暇はないし」
ホイップ先生のデスクにはテストの答案用紙が山のように積み上がっていた。
「そうねえ。新しい個人指導教師を入れたら、受け持てる生徒も増やせるから、雇い入れるのもいいかもしれないわ~」
なんでもホイップ先生の授業は大人気で、二学年からの選択授業は定員オーバーし、抽選となっているらしい。
補助する教師がいれば、授業数を増やすことも可能だと言う。
「予算は大丈夫ですか?」
「ええ、平気よお。学校側から、支援するから、個人指導教師を入れてくれ~って言われていたの」
新しい個人指導教師が入るまでホイップ先生が時間を作って勉強を教えてくれると言うが、ジェムのおかげで時間が少し余っているので、しばらくは自習を頑張ってみよう。
「大丈夫なの~?」
「はい、頑張ります」
難しいようだったらお願いします、と頭を深々と下げ、ホイップ先生の研究室をあとにした。
そのあと、私は街へお出かけする。
必要な物をいくつか買う予定なのだ。
「ジェム、お買い物に行くけれどどうする?」
行く!! と言わんばかりにジェムはチカッと光った。
「じゃあ、一緒に行きましょう」
ジェムが馬車に乗る大きさなのか心配だったが、細長い形状に変化し、スムーズな動作で乗りこんでくれた。
まず、買いに行ったのは布団である。
睡眠については妥協できないので、貴族街にある布団店で質のよい物を購入した。
配達は明日になってしまうらしい。今日までジェムに頼んでウォーターベッドを作ってもらおう。
あとは、いくつか食材を購入する。閉店間近の市場で、たくさん割引してもらってホクホク気分での帰宅となった。