帰宅
ジェムは人払いのつもりなのか、いつもより大きくなって転がっていた。
皆から「なんだあの巨大スライムは!?」みたいな注目をびしばしと浴びる。
それだけではない。
私は俗に言うお姫様だっこ、みたいな状態でヴィルに運ばれ、生徒達の視線をこれでもか、と集めてしまったのだ。
「あの、ヴィル先輩、とてつもなく目立っているのですが、気にならないのですか!?」
「ミシャの体調と顔色の悪さしか気にならない」
「そ、そんな~~」
外に出た途端、夜行性のはずのムササビがどこからともなく飛んできて、ヴィルの肩や胸元に張り付いても気にならないようだ。
さらにハリネズミのご家族と野良猫なども集まってきて、パレードのようになっている。
普段、こんなに魔法生物がヴィルのもとに集まることなんてないのに、これでもかと集合していた。
外にいた生徒からも、なんだあれは? と不可解な目で見つめられる始末だった。
この世のありとあらゆる注目を浴びたのではないか、という気分で帰宅する。ヴィルは私を寝室まで連れて行って、優しく下ろしてくれた。
「熱は、まだ下がっていないようだな」
「皆の注目を集めた影響で、恥ずかしさから顔が火照っているのかもしれません」
「それは悪かった」
ヴィルが「氷嚢を……」と呟いたのと同時に、ジェムが小さくなって私の額に張り付いてくれた。ひんやりしていて気持ちいい。どうやら氷嚢代わりになってくれるようだ。
「食欲は?」
「正直ないのですが、何か口にしておいたほうがいいですよね」
「そうだな」
ヴィルはお弁当を作ってきてくれたようだが、申し訳ないことに食べられそうにない。
昼休みも試験勉強したいから、と言っていた私のために、片手で食べられるサンドイッチや野菜スティックなどの食べやすい料理を用意してくれたようだが……。
「スープならば食べられそうか?」
「あ――はい」
「ならば弁当の野菜スティックを使って作ってこよう」
「ありがとうございます」
ヴィルがいなくなると、ジェムがどこからともなく寝間着を出してくれた。
制服を脱いで着替えると、楽になったような気がする。
それにしてもルドルフを目撃してしまった程度で倒れてしまうなんて情けない……。
もう彼のことなんて気にも留めていない、なんて思っていたのに。
きっと街中で見かけた程度ではこんなふうに気持ち悪くならないだろう。
たぶんルドルフが私のテリトリーに入ってきたので、また何かされるのではないか、とショックを受けてしまったに違いない。
少し休んだらよくなるはず。そう思って目を閉じる。
あっという間に眠りの世界に落ちてしまった。
目覚めたのはスープのいい匂いにつられたからか。
ヴィルが私のそばで本を読んでいることに気付いた。
「あ……」
「ミシャ、目覚めたか?」
「はい。その、授業に戻られなかったのですね」
「今日は自由登校の日だったからな」
「そうだったのですね」
三学年ともなれば就職活動がメインとなり、授業がある日は限られているという。
ヴィルは私を看病するため、自らの早退届も一緒に提出していたようだ。
起き上がろうとすると、背中を支えてくれる。
「ありがとうございます」
「気にするな。それよりも何か食べられそうか?」
「はい」
イースト先生から貰った薬が効果を発揮してきたのか、かなり具合がいい。
ヴィルが作ってくれたスープを運んでくれる。
野菜スティックは細かく刻まれていて、飲みやすいように仕上げてくれたようだ。
「ミシャが陛下のために作ったスープを参考に仕立ててみた」
「おいしそうです」
ヴィルは食べさせようとしてくれたものの、丁重にお断りする。
ふーふー冷ましてからいただいたが、優しい味わいで弱った体に染み入るようだった。
その隣で、ヴィルが二人分のサンドイッチを食べていた。
スープをすべて食べると、体が心地がいい感じにぽかぽかしていた。
気持ち悪さや動悸、目眩など治っているのに気付く。
「だいぶよくなりました。スープのおかげですね」
「それはよかった」
ヴィルは安堵したように優しく微笑んでくれた。
「もうしばらく眠るといい」
そう言って再度本を開き始める。ここでヴィルが読んでいた本が一学年の教科書だということに気付いた。
「あの、ご自身の試験勉強をされていたのではなかったのですか?」
「ああ。ミシャに教えられるように、復習していた」
「勉強しなくてもいいのですか?」
「まあ、授業内容はだいたい覚えているからな」
いつも試験勉強はしない、と言い切るヴィルを羨ましく思ってしまう。
なんでも魔法学校に通っている間、首席から落ちたことがないらしい。
「一学年の中間試験の範囲はしっかり記憶しているから、ミシャが元気になったら教えてやろう」
「わあ、嬉しい」
試験勉強について今は気にするな、夜まで休むように、と言われたのでお言葉に甘えることにした。




