帰り際に
買うまで帰さないと言われたらどうしようかと思ったが、あとが詰まっているのかあっさり退店を許してくれた。
「つ、疲れた……」
「本当に」
「この数時間、たちの悪い夢でもみていたのかと思うくらいですわ」
アリーセの言うように、悪夢のような時間だったように思える。
「ミシャ、ノア、学校に帰る前に、どこかで口直しでもしませんか?」
アリーセの誘いに大賛成で応じたのだった。
ツィルド伯爵夫人の喫茶店から歩くこと五分、オシャレな路地裏を進んだ先に、かわいらしい木造の小さなお店があった。
「ここですわ!」
「おお」
「へえ」
豪勢でオシャレな喫茶店にいくのかと思えば、昔ながらの喫茶店、みたいな佇まいだった。
「意外、って顔をされていますわね」
「ええ。貴族街のほうにあるお店だと思っていたわ」
「こんなお店にもくるんだ」
「ええ」
なんでも数年前、猫妖精が主役の小説の舞台になったお店として有名になったらしい。
そういえば看板が猫の形だ、と気付いた。
さすが、アリーセが好んで通うお店である。
店内に入ると、にゃあ! という猫の鳴き声が聞こえた。
カウンターの上に白猫がいるのを発見する。
「ミルキーちゃん! お久しぶりですわ!」
アリーセがゆっくり近づいたものの、ミルキーと呼ばれた白猫はぷいっと顔を逸らしてどこかへといってしまう。さすが猫。犬みたいに尻尾を振って歓迎するなんてことはないのだろう。
入れ替わるように店主らしき男性がやってきて、「いらっしゃい」と声をかけてくれた。
「どこでもお好きな席にどうぞ」
「はい!」
店内にはドレスを着た貴族女性達がちらほらいるのがわかった。
私達はカウンターに近い席に座らせていただく。ここの席がもっともミルキーが見やすい場所らしい。
アリーセの言うとおり、しばらく待ったらミルキーがカウンターに戻ってくる。丸くなって眠り始めた。
「ああ、なんて愛らしいの!」
アリーセは常連らしいので、ミルキーに見とれている間にメニューを見させていただく。
「猫クッキー付き紅茶、猫ババロア付きのコーヒー、猫チョコ付きのホットミルク――」
すべてに猫に関連したお菓子が付いてくるらしい。さすが、アリーセ御用達のお店である。
「ミシャ、ノア、頼むものは決めましたか?」
「ええ」
「決まったよ」
店主さんがやってきて注文を聞いてくれる。
「わたくしはいつもの。ミシャは猫チョコ付きのホットミルク、ノアが猫クッキー付き紅茶をお願いします」
「少々お待ちを」
席数は十あるかないか。店内は路地裏にあるだけあって薄暗いけれど、天井からステンドグラスのランプがぶら下がっていて幻想的な雰囲気になっている。
うっとり内装を眺めていたら、頼んでいた飲み物が運ばれてきた。
カップの持ち手が猫の尻尾になっていて、とてもかわいい。チョコレートも猫の形になっているという徹底っぷりだった。
アリーセの言ういつもの、というのは常連限定の猫ブラウニー付きのココアらしい。
「かわいい!」
「いいね、こういうコンセプトのあるお店」
「気に入ってくれて嬉しいですわ」
私が頼んだホットミルクはチョコレートを入れて溶かすとホットチョコレートになるらしい。もう半分くらい飲んだけれど、教えてもらったホットチョコレートにしてみた。
「うわ、おいしい!」
濃厚な味わいに思わずうっとりしてしまった。
「うう、癒やされた!」
「最高のお店だよ」
そんな話をアリーセはにこにこしながら聞いている。
「いつかみんなできたいと思っていたんです」
「今度はエアも誘おうよ」
「レナ様も!」
きっとレナ殿下やエアも気に入ってくれることだろう。
まったりしていたら、隣のテーブルから気になる会話が聞こえてきた。
「この化粧品、ツィルド伯爵夫人のお店の限定品で、今だったら特別に購入できるの」
みんなこれまで楽しんでいたのに、ツィルド伯爵夫人の化粧品と聞いて真顔になる。
「今なら特別に金貨五枚で売ってあげるけれど、どうする?」
「買うわ!」
女性客の一人が化粧品の販売だけでなく、会員の勧誘も成功させていた。
私達はそそくさと退店し学校行きの馬車に乗り込む。
「さっき化粧品を売っていた人達、国内の貴族だった」
「ルームーン国以外の貴族にも、化粧品販売が広がっていますのね」
ネズミが一度にたくさんの子どもを産んで増えるように、ツィルド伯爵夫人の化粧品を売る人々がぞくぞくと増えているようだ。




