リジーの主張
呆れたことにリジーはドレス姿のまま、化粧も落とさずに眠っていた。
さらに部屋中にお酒の臭いが充満している。
きっと朝方までたっぷりお酒を飲んで遊んでいたに違いない。
この世界では十五歳からの飲酒が認められている。さらに前世での日本のように、厳しい取り締まりなど存在しない。そのため非行に走る子どもなどはかなり若い頃からお酒を飲んでいるのだ。
放任主義の母親を持つリジーも、かなり若い頃からお酒を飲んでいた、と本人が言っていた。飲酒なんてなんの自慢にもならないのだが、飲んだことがないと言ったらバカにされたことを覚えている。
ちなみに生徒の学期中の飲酒は厳禁。ホリデーのみ、保護者の監督のもと飲んでいいという校則があったような。
リジーはおそらくそういう校則があることすら把握していないのだろう。
ひとまずリジーを一刻も早く起こして、退学届に記入してもらわなければ。
「ねえ、リジー、起きてちょうだい」
「ががが、ぐががが」
返事をするようにいびきをあげる。ただ声をかけただけでは起きる気などないのだろう。
仕方がない。体を揺すって、大きな声をあげて起こしてみた。
「ねえ、起きて!!」
「うるさいねえ! あんた、メイドのくせに、あたくしを起こそうというのかい!?」
どうやら私のことをメイドと思っているらしい。普段、メイドに対してこういう態度を見せているのか、と思うと呆れてしまう。怒りがわき上がり、ついつい怒ってしまった。
「他人を見下すような発言をして、あなた何様なのよ!」
「あたくしは、未来のサーベルト大公夫人になる女なんだよ!」
「は?」
ジルヴィードは上に兄がふたりもいて、サーベルト大公の座なんて回ってくるわけがない。
本人も野心など欠片もなく、のらりくらりと暮らしているような人だ。実は兄ふたりを陥れてサーベルト大公の座に納まる男だとはとても思えないのだが……。
「あたくしは、あたくしは……偉いんだ……むにゃむにゃ」
「はいはい、わかったから起きて」
そう言って枕を引き抜くと、リジーはカッと目を見開く。
「何をするんだよ!!」
「起きないからよ」
「なっ、あんた――ミシャじゃないか!」
「そうだけれど」
「どうしてここにいるんだよ! 不法侵入じゃないか!」
「学校側から頼まれてやってきたのよ」
「学校側? いったいどうして?」
「あなたが無断欠席をしているからよ」
「そんなの、わざわざ言わなくてもわかるじゃないか!」
一応、欠席していた理由について聞いてみる。
「あたくしはサーベルト大公の息子ジルヴィードとの結婚が決まったんだ。だからそのお祝いに参加するために、学校にいけなかったんだよ」
「お祝い?」
夕方から朝方までお酒を飲むお祝いの会なんて、健全なものとはとても思えないのだが。
「ちなみにサーベルト大公子息も一緒なの?」
「いいや、あの人は忙しいから会えないんだ。お祝いはあたくし個人を招待したものなんだ。あたくしのためだけに開催されているんだよ」
登校するよりも大事なことだ、とリジーは主張している。
「だったら明日から登校できるの?」
「まさか! 明日も明後日も明明後日もあるって言っていたから、しばらく学校にはいけないよ」
「魔法学校に通うつもりはないってことね」
「まあ、忙しいからね」
「だったら、これに記入してくれる?」
退学届をリジーに見せると、奪うように取り上げた。
「なんだい、これは?」
「退学届よ」
「は? なんで退学になるんだよ」
「学校側が、あなたはもう登校する意志がないと判断し、提出するように求めてきているのよ」
「なっ!! どうしてそれをあんたが持ってくるんだ!」
「学校関係者やホイップ先生がやってきても、あなたがお祝いの会とやらにいっていて面会が叶わなかったからよ」
「嘘だ!」
そう叫んだあと、リジーは勝ち誇ったような態度を見せる。
「わかった。ミシャ、あんた、あたくしが羨ましいんだろう?」
「私が? どうして?」
「だってあたくしはツィルド伯爵の娘で、エルノフィーレ殿下の侍女で、サーベルト大公の息子であるジルヴィードと結婚できるんだから。あんたが逆立ちしても手にできない立場だろう?」
「いえ、別に羨ましくなんてないけれど」
私は父の娘として生まれてきて幸せだし、誇りだし、エルノフィーレ殿下の侍女なんて務まる気はしないし、サーベルト大公子息ジルヴィードとの結婚なんてこれっぽっちも興味ない。
そう訴えても、リジーは聞く耳なんぞ持たない。
「そもそもこんなもの、必要ないんだよ!」
「あ!」
リジーは退学届をぐちゃぐちゃにし、暖炉の中へ放り込んだ。




