王女付きの侍女
「リジーを解雇できたら、あなたがわたくしの侍女になってくださらない?」
「そ、それは――」
エルノフィーレ殿下の侍女に選ばれるなんてとてつもなく光栄だ。けれどもこの場で安請け合いしていいことではないだろう。
ルームーン国の大臣と関係を結んでリジーを推したツィルド伯爵のように、エルノフィーレ殿下の侍女の座は政治的なあれこれが絡んでいるはず。
さらにリジーにも恨まれそうだ。
けれどまあ、エルノフィーレ殿下の侍女の座を降ろされたら魔法学校に通うこともなくなるので、会うこともなくなるだろうが。
「いやですか?」
「いえいえいえ!! 嬉しいです!!」
自分ひとりで決められる問題ではないので、少し時間がほしい、と言っておく。するとエルノフィーレ殿下は安堵したような表情を浮かべた。
「今日、あなたとお話しすることができて、とてもよかったです」
それに関しては私も同じ気持ちである。
普段、エルノフィーレ殿下はクールで、何事にも動じない、といった様子でいた。
正直なところ、何を考えているのかまったくわからない人物だったのだ。
こうして話してみると、同じ年頃の女性なんだな、と思ってしまった。
「ルームーン国にいたころは、同世代の女性との会話も禁じられていて」
「そうだったのですね」
話す相手といえば、親子ほども年が離れている侍女や教師、大臣の妻ばかりだったという。だからエルノフィーレ殿下はこんなにも落ち着いているのだな、と思ってしまった。
「年が近いリジーが侍女を務めると聞いたときは、いろいろ話してみたい、と思っていたのですが」
リジーは自分のことしか考えておらず、気の利いた会話をエルノフィーレ殿下とするということもなかったようだ。口を開いたかと思えば、リジーの利益になるようなことしか聞いてこなかったため、呆れ果てていたという。
「先生があなたを紹介してくれたとき、わたくしに対して必要以上に畏まらない態度を見せた瞬間、話してみたいと思っていたんです」
けれども大臣から伯爵家以下の者とは喋るな、と言われていたようだ。
「品位が下がるから、と。家柄が品のよさを生みだすものではないとわかっていたのですが……」
エルノフィーレ殿下はまっすぐ私を見つめ、これからは自分の判断で行動したい、と決意を口にしていた。
「ミシャ・フォン・リチュオル、これからよろしくお願いします」
「はい、こちらのほうこそ――」
私がこんな言葉を返すなどおこがましいだろうが、ここは社交界ではない。
クラスメイトとして、また監督生として、エルノフィーレ殿下とお付き合いしたい、と思ったのだった。
その後、エルノフィーレ殿下は何事もなかったかのように教室に戻り、次の時間から授業を受けていた。
休み時間になるとレナ殿下がやってきて、耳元で囁くように「ミシャ、ありがとう」と言ってくれる。
すっごく久しぶりにノアに睨まれた。けれどもレナ殿下がすぐに気づいて、ノアに何やらひそひそと話をしていた。その後、ホッとしたような表情を浮かべていたので、誤解は解けたのだろう。
レナ殿下がやってきて私にぐっと接近した瞬間、クラスメイト達もギョッとしていた。
なんというか、レナ殿下はご自身の立場についてよく考えてから行動してほしい。
夜、ヴィルとレストランで夕食をいただく中で、朝の騒動について報告する。
「というわけで、大臣とツィルド伯爵の関係について調査することになったのですが――」
「ツィルド伯爵、か」
ヴィルが眉間に皺を寄せ、険しい表情を浮かべる。
「何かあったのですか?」
「いや、以前、ツィルド伯爵が枢密院のメンバーに選ばれたことがあって、不思議に思って調べたことがあったのだが」
枢密院のメンバーに選ばれるためには、さまざまな実績が必要だという。
それに関して情報が提示されているわけではないが、六十歳を超えた貴族であれば選ばれるであろうという中で、ツィルド伯爵はそれに満たない若さで抜擢された。
「ただ、ツィルド伯爵は怪しい組織との関係や裏金などの取り引きもなく、潔白の身だった」
枢密院のメンバーに新規で選ばれるような者は、大なり小なり何か手を打っている。
それがまったくなかったのが、ヴィルにとって不可解だったらしい。
「ちなみにそれは誰かの依頼でしたことなのですか?」
「いいや、独自の判断で動いたものだ」
なんでもヴィルは普段から、怪しいと判断した者に注意を払っているという。
「病床にいる陛下が少しでも安心できるようにと始めたことだ」
「王家に名を連ねる者の鑑ですね!」
さすがヴィルである。そう思ったものの、ツィルド伯爵が潔白となればリジーを侍女の座から降ろすことなどできなくなる。
はてさて、どうしたものか、と心の中で頭を抱えてしまった。




