国の違い
エルノフィーレ殿下は次の授業にはでるという。このまま欠席しても問題ないような事件が起きたというのに、真面目なお方だ。
「せっかく魔法学校に入学できたのですから、きちんと勉強しませんと」
リジーに百万回は聞かせたい言葉である。
「ルームーン国には、女性が魔法を学べる学校などありませんので」
「そ、そうなのですか!?」
「ええ。この魔法学校へ通えるということも、ソレーユ国にやってきた理由のひとつでした」
なんでも花嫁学校すらなく、結婚前の女性は修道院に一時的に身を置き、奉仕活動をすることしか許されていなかったという。
「ソレーユ国は女性にとって自由なんです。暮らしていたらあまり気づくこともないでしょうけれど」
たしかに言われてみればソレーユ国は女性も爵位を継げるし、魔法学校の男女比は平等だ。女だから、と諦めるようなこともこれまでなかったような気がする。
「この国で結婚したほうが、わたくしは楽に生きられたでしょうね……」
エルノフィーレ殿下は遠い目で話す。きっとこれまでいろいろあったに違いない。
私なんぞがかけられる言葉などあるはずもなく、ただ話に耳を傾けることしかできなかった。
と、しんみりしている場合ではなかった。次の授業まで十五分しかない。
「ひとまずお化粧直しをして――誰か呼びましょうか?」
とは言ったものの、誰を呼べばいいのかわからなかったが。
エルノフィーレ殿下は普段、王城から魔法学校に通っているらしい。傍付きのメイドもいるようだが、皆部屋に置いてきているという。
「いいえ、必要ありません。化粧直しでしたら、魔法でどうにかできますので」
そう言って、エルノフィーレ殿下は魔法で化粧直しをするようだ。
魔法を使う媒体は耳飾りらしい。指先でそっと触れたあと、呪文を唱える。
「――美しく粧え、扮装せよ」
顔周りに魔法陣が浮かび上がり、崩れていた化粧が一瞬で美しく蘇る。
「上手く化粧は整っていますか?」
「はい! すばらしい魔法です!」
「よかった」
いつもはメイドに化粧を命じているようで、この魔法を使うのは久しぶりだったようだ。
ぜひとも習いたい、と思ってしまう。
普段の私は若さに甘え、リップくらいしか塗っていない。化粧をするのは夜会のときくらいなのだ。
「エルノフィーレ殿下、髪型はどうなさるのですか?」
「髪――ああ、いつの間にか崩れていたのですね」
エルノフィーレ殿下は髪に触れ、がっかりした様子でいる。
「髪結いの魔法は使えなくって……」
ここでまさかの要望を受けてしまう。
「あなたが結ってくれますか?」
「私がですか?」
「ええ。できる範囲で構いませんので」
王女殿下の美しさが映えるような髪結いなど私にはできない。
長い髪はいつもハーフアップにしてまとめているだけだ。
私よりもアリーセのほうが上手いだろう。頼んだらやってくれるはず、と提案したのだが、私でいいとエルノフィーレ殿下は言ってくださる。
「乱れていなければ、どんな髪型でもいいです」
「えー、はい、でしたら私が今している髪型でもいいでしょうか?」
「わたくしとお揃いでいいのですか?」
「光栄でしかないです」
「でしたら、お願いします」
そんなわけでエルノフィーレ殿下の御髪を梳り、ハーフアップにした。
エルノフィーレ殿下の髪は猫の毛みたいにやわらかくって、極上の毛並みだった。
いったいどんなお手入れをしているのか、気になってしまう。
髪結いが完成したので、鏡で確認していただいた。
「こちらでよろしいでしょうか?」
「ええ、ありがとうございます」
上手だというお褒めの言葉までいただいた。
「あまり髪を下ろしたことがないので、不思議な気分です」
「下ろした髪もお似合いですよ」
ルームーン国の女性は基本的にまとめ髪のようだが、ソレーユ国は未婚女性はおろし髪なのだ。
エルノフィーレ殿下は知っていたようだが、なんとなく国の決まりを破ってはいけないと思い、今日までおろし髪をしていなかったらしい。
「なんだか若返ったような気がします」
若返ったというか、優しい印象に見えるかもしれない。
どちらも似合っていることに変わりはないが。
お気に召していただけてよかった、なんて思っていたら、エルノフィーレ殿下が思いがけないことを言ってくれる。




