エルノフィーレ殿下の事情
エルノフィーレ殿下は胸を押さえ、呼吸を整えている。
そして深く長いため息をついてから、リジーについて話し始めた。
「彼女は今、ジルヴィードと一緒におります」
昨晩、ジルヴィードはリジーを突き放すようなことを言っていたのに、なぜ行動を共にしているのか謎すぎる。
「あの、リジーはどうしてサーベルト大公のご子息とご一緒に?」
「それは――」
エルノフィーレ殿下の声が小さくなっていく。唇を強く噛みしめ、気持ちを堪えているように見えた。
拳はぎゅっと握られ、かすかに震えていた。そんなに握りしめては、手のひらに爪が食い込んで痛いだろう。
言いたくなければ無理しなくてもいい、と伝えるために拳に指先を重ねる。
すると、エルノフィーレ殿下はふにゃ、と幼子のように表情を崩し、私にすがりついてきた。
そして、このように動揺していた理由を口にする。
「ジルヴィードとリジーの結婚が決まりそうなんです!」
「ええ!?」
想定外の情報に思わず声をあげてしまう。
「どうして突然、そのようなことになったのですか?」
「そ、それはわたくしが、レナハルト殿下やリンデンブルク大公子息の心を射止めることが、で、できなかったから……」
なんでもエルノフィーレ殿下がこの国へやってきた理由は、こちら側の想定通り政略結婚を行う相手を探すためであった。
ルームーン側が望むもっとも相応しい相手はレナ殿下だが、残念ながらノアという婚約者がいる。
もしもレナ殿下の心を動かせなかった場合は、ヴィルを誘惑して婚約までこぎつけるように、と言われていたようだ。
その期限が昨日の歓迎パーティーだったようだ。
「ゆ、誘惑だなんて、わたくしには最初から無理……だった」
政略結婚を目論む大臣にも、エルノフィーレ殿下は訴えていたらしい。
さらに双方の国は二代にわたって婚姻をしているので、血が近くなりすぎているのではないか、とも意見したようだ。
けれどもレナ殿下の婚約者はいとこであるノアで、エルノフィーレ殿下と結婚しても血の濃さは変わらないだろう、と言い返されてしまったらしい。
ぐうの音も出ないというのは、このような状況なのだろう。
エルノフィーレ殿下は最後まで反抗していたようだが、ジルヴィードの一言でヴァイザー魔法学校への留学を決めたという。
「ジルヴィードが、歓迎パーティーは一緒に参加してくれる、と言ってくれたんです。たったそれだけで、わたくしは舞い上がってしまって……」
その一言で確信する。
エルノフィーレ殿下はジルヴィードに恋をしているのだ、と。
リジーと婚約させると聞いて、さぞかし衝撃を受けたに違いない。
相手がまともな女性であれば、ショックはあれどもどこか諦めがつく。
けれども相手はあのリジーだ。ずっと恋心を抱いていた相手を、リジーに奪われるなんて納得できないだろう。
「わたくしの政略結婚が上手くいきそうにないから、国との繋がりを作るために、ジルヴィードがリジーと結婚しなければならないと聞いて……」
「そう、だったのですね」
「ジルヴィードも、別に構わないと言うものだから」
ジルヴィードもサーベルト大公からの依頼を続けるために、リジーとの婚約関係は都合がいいと思ったのかもしれない。
「ジルヴィードはわたくしの大きな執着心に気づいているんです」
なんでも彼はエルノフィーレ殿下を焚きつけるように、ありえないことを言い放ったという。
「リンデンブルク大公子息を射止めて婚約までこぎつけたら、リジーとの婚約はなかったことにする、と」
あろうことか、ジルヴィードはリジーと婚約してまでエルノフィーレ殿下に政略結婚をさせようとしているらしい。
どこか腹黒そうな奴だとは思っていたが、そこまでするとは。
「ジルヴィードはリンデンブルグ大公子息は顔が似ているから、誘惑もしやすいだろう、とわたくしに言いました」
なんて酷い奴!!!!! と叫びたくなるのをぐっと堪えた。




