ヴィルのお願い
「ミシャ、頼みがある」
「な、なんでしょう?」
ヴィルはこれまでになく深刻な表情で言うので、思わず身構えてしまう。
国王陛下の前で頼んでくるということは、事件に関連したものに違いない。
「陛下の食事作りについてなのだが、メインは私がするので、ミシャも手伝ってくれないか?」
それとなくそうではないか、と身構えていたのだが、詳細は異なっていた。私がメインで料理を作るとばかり思っていたのだ。
「えー、その、ヴィル先輩が料理長、なのですね?」
「そうだ。ミシャが手伝ってくれさえすれば、解毒効果は付与されるだろう? 何かあったら、全責任は私が負うから」
頼もしすぎる一言である。そういうわけであれば、私も手を貸そう。
「わかりました。私もお手伝いします」
「ミシャ、感謝する」
ヴィルだけでなく、国王陛下まで感謝してくれた。
「ありがとう……本当にありがとう」
「もったいないお言葉です」
「そんなことはない。学業に身を置いている最中だというのに、貴重な時間を奪ってしまったんだ。それなりの対価はだそう」
給料に加え、学校側には特別外出許可をだし、いつでも校外に行き来できるよう頼んでくれるようだ。
「他にもいろいろ考えているが、何か望むものはあるか?」
「いいえ! ございません!」
あまりにも元気がよすぎる返事だったからか、国王陛下はにっこり笑う。
初めてお会いしたが、とても朗らかなお方だと思った。
なんでもこれまでずっと、ほとんど食べ物を口にしていないらしい。
毒は食事に混入される以外にも、虫を介したものだったり、ガスだったりとさまざまな方法で命を狙われていたようだ。
その中でも食事に混入され、直接口から服毒したものが苦しみが強いという。
それゆえ食欲が湧かず、食事量も目に見えて減ってしまったようだ。
これまで国王陛下の命を繋いできたのは、魔力を補給する魔法らしい。
けれどもそれだけでは長く生きられない。
日に日に痩せ細る国王陛下に、皆何か食べさせようと世界各国から高級食材を集めて調理させたようだが、依然として食欲はないという。
「ミシャの解毒効果のある食事についても、以前、詳しい詳細を伏せて側近に話したことがあったんだ」
けれども信用ならない、と却下されてしまったらしい。
国王陛下の傍に侍る人々は暗殺をこれでもかと警戒し、なんに対しても疑い深くなっていたという。
けれども今回の騒動を受けて、ヴィルの案を取り入れようではないか、と前向きになったようだ。
「陛下、前回口にされた食事を覚えていますか?」
「昨日、パン粥を匙半分も食べることができなかった」
「そう、だったのですね」
パン粥すら受け付けられない状況となれば、今日のところは無理して食べないほうがいいだろう。
「ひとまず重湯の上澄みから始めますか」
その提案に、国王陛下でなくヴィルが反応した。
「重湯というのはなんだ?」
「たっぷりの水でお米を煮込んで作るお粥を、しっかり潰して粒状にしたものです」
ただそれすらも今の国王陛下のお体には辛いかもしれないので、重湯の粒を沈殿させた、とろみのある液体だけをいただいてもらおう。
「米は――」
「あ、ジェムの収納の中に入っています」
「よく持っていたな」
「ええ、まあ」
以前、お買い物にでかけたときに発見し、喜んで購入したのだ。しかしながら前世で食べていたもっちりとした品種でなく、細長いパサパサとした品種で、一度食べたっきり放置していたのだ。
そんなお米を鑑定してもらい、毒の有無を確認する。
「問題ないようだな」
「よかったです」
この場に軽く調理できる道具があるというので、準備してもらった。
「ヴィル先輩、水はどうします?」
「水差しの水は、使わないほうがいいな」
「そう、ですね」
どこに毒が混入されているのかわからないのだ。その辺に放置されていたものを安易に使うわけにはいかない。
「どこの水が安全なのか――」
なんて口にした瞬間、これまで大人しくしていたジェムが存在感を主張するように輝いた。
国王陛下は驚いた様子を見せずに、「これが君の使い魔か?」と聞いてきた。
「はい。宝石スライムのジェムという子です」
「そうか。ヴィルから話を聞いている。とても面白い子らしいね」
「はい……」
ジェムまで会話のネタにされていたとは。
「それで、ジェム、どうかしたの?」
ジェムが拳を突き上げるように触手を伸ばすと、先端に魔法陣が浮かぶ。
そこから水が溢れでてきたのでギョッとした。
「ちょっ、水!?」
「魔法の水か。ありがたい」
慌ててジェムがだした水を鍋で受け止める。鍋に満たされたタイミングで、水は止まった。
ヴィルが鑑定魔法で水を調べたようだが、上質な軟水だという。
ジェムはそれだけでなく、コンロが付いた湯沸かし器に変化し、お米とお湯を沸騰させてくれた。
お米をぐつぐつと煮込んでいく。
火力が強いからか、あっという間に重湯が完成した。
あつあつの鍋を冷やすための氷水までジェムが用意する。至れり尽くせりというわけだ。
そんなわけで重湯が完成する。さっそく国王陛下は飲んでくれた。
「ああ、おいしい。こんなにおいしいものを口にしたのは、本当に久しぶりだ」
重湯の一杯でこんなお言葉を賜るなんて。
これまで毒を警戒するあまり、味わうどころではなかったのだろう。
重湯の効果か、国王陛下の顔色が少しよくなったような気がする。
ヴィルと共に喜んだのだった。




