レナ殿下の追及
このお方、超弩級の質問をぶちこんできた。
遠回しに探ることだってできたはずなのに、私がのらりくらりと躱しながら危険を避ける性質であることを見抜いているのだろう。
念のため、しらばっくれてみる。
「あ、あはは、何をおっしゃっているのですか?」
「下町で私を助けたとき、君は私が着ていた服を寛がせ、包帯を解こうとしただろう。そのときに、気付いたはずだ」
「な、なんのことだか」
レナ殿下はじっと、強い眼差しを向けてくる。
いつもだったらスラスラ言い訳なんて思いつくのに、今日に限って何も思いつかない。
「実は、私のシャツの中に君の髪の毛が落ちていて、調べた結果、君の魔力と一致したようだ」
なんでも魔法学校に提出したデータをもとに、調べたらしい。
異世界の、DNA鑑定や~~。
なんて、ふざけている場合ではなく。
ヴァイザー魔法学校を創立したのは王家なので、内部情報もあっさり手に入るのだろう。
「そこまでやりますか」
「やるとも。私の将来に関わることだから」
「ごもっともで」
再び部屋の中は気まずい沈黙に包まれる。
ここはもう、腹を括ったほうがいいのだろう。
「お察しの通り、私は殿下が女性であると存じております。ただそれは、国家機密だろうと判断し、見なかったことにいたしました。今後も口外するつもりはありませんので、どうかご安心ください」
すらすらと答えると、レナ殿下は驚愕の視線を私に向けていた。
「私の弱みを握っていながら、どうして見なかった振りなどできた?」
「別に、野心など何もなかったからですよ」
私の望みは平々凡々な魔法学校生活を送りながら、最終的に国家魔法使いになることである。
それ以上のこと――たとえば上流階級の方々と縁故を作ったり、すてきでかっこいい男性に見初められたり、などという願いはまったく、これっぽっちも抱いていない。
「私が口外できないよう、魔法をかけていただいても構いません」
「いや、そこまでする必要はないが――」
「そうでしょうか?」
もしも私が誘拐され、痛い目に遭ったら、あっさり喋ってしまうかもしれない。
それよりは、秘密を守るために、魔法をかけておいたほうが逆に安全とも言える。
「それをするには、私の秘密を家族以外の魔法使いに知らせなければいけなくなるだろうから、かなり難しい話だ」
「さようでございましたか」
もうこれ以上、この件について聞くつもりはなかったのに、レナ殿下が勝手に話を始める。
「不思議だろう? 性別を偽っているなんて」
「何かご事情がおありなのでしょう?」
「ああ、そうだ」
きっと生まれたときから男だと言い聞かされ、育ったに違いない。
なんとも気の毒な話である。
「この国は男しか国王に即位できないから、仕方がないんだ」
そう語るレナ殿下は瞳は暗く、これまで男として振る舞うために、たくさんのことを諦め、また自分自身を犠牲にしてきたのだろう。
「実を言えば、この秘密は母と、ごく数名の侍女しか知らないんだ」
「そ、そう、だったのですね」
まさか国王陛下ですら把握していない秘密だったとは……。
「これまでは誤魔化しきれた。けれどもこの先は、無理が出てくるだろう」
男性と女性の成長は、思春期を境に大きく変わってくる。
十七歳の誕生日を迎えたレナ殿下は、身長の伸びがぴたりと止まり、代わりに胸が目立つようになってきたようだ。
「これから先は、魔法で見た目をどうにかすると王妃はおっしゃっている。けれどもその先は? 私はどこぞの王女と結婚するのだろうか?」
なんでも王妃は子どもも王家の血を引く者をレナ殿下の影武者とし、妻となった女性と子を作らせる、とまで言っているようだ。
「母は生まれたときから体が弱く、もう子どもは産めない。思い詰めた結果、自分がやっていることの愚かさに気付かずにいるようだ」
このままではいけないと思いつつも、どうすればいいのかわからないでいるらしい。
「おそらく、私には酷い未来が待っているだろう」
「そんな……」
「そうに決まっている」
せめて、少しの間だけでも自由にのびのびと、年頃の子どもらしく生きてみたい。
そう思ったレナ殿下は、魔法学校への入学を望んだという。
「しかしながら、校長から王太子がいると暴露されるとは、夢にも思っていなかった」
レナ殿下の周囲を取り囲む者達は、彼女が王太子だと知っている家門の者ばかりらしい。
「もしかしたら、私にも本当の友達というものができるかと思っていたんだが」
レナ殿下のささやかな願いは、魔法学校で友達と楽しく過ごすことである。
ただそれも、彼女を王太子だと知る取り巻きから潰されそうになっていた。
「君に、ひとつ叶えてほしいことがある」
「叶えられるかどうかわかりませんが、聞くだけならばいたします」
私の物言いを聞いたレナ殿下は、噴き出すように笑い出す。
「やはり、君しかいないな。どうか、私と友達になってほしい」
「私がですか?」
「ああ、そうだ」
どうして、という言葉に、まさかの答えが返ってくる。
「君は友達が百人欲しいんだろう? 私をその中のひとりにしてくれないか?」
そうだった。そんなふざけたことを自己紹介で言っていたのだ。
正直、お近づきになりたくないのだが、私は彼女の秘密を知ってしまった。
それに事情を知る私が傍にいたら、安心するのかもしれない。
「わかりました。私でよろしければ、どうぞよろしくお願いします」
「ありがとう」
レナ殿下は少し泣きそうな顔で、私に微笑みかけてくれた。