暇つぶし
ジルヴィードも派手な格好から、ごくごく一般的な燕尾服に着替えていた。彼もリジー同様に注意されたに違いない。
金の装身具や耳飾りも外され、彼の個性は徹底的に取っ払われている。その影響で、余計にヴィルに似ているように見えるのだろう。
皆の注目がエルノフィーレ殿下とジルヴィードに集まる中、ヴィルのもとに誰かがやってきた。
輝く獅子の金のエンブレムをつけた騎士は、おそらく国王陛下に近しい騎士なのだろう。
騎士は顰めた声で国王陛下がお待ちです、などと言っていた。
何やら騎士は焦った様子で、緊急事態なのだろう。
「わかった。ミシャも――」
「いいえ、私はここにいます」
ただでさえヴィルの問題に頭を突っ込んでいるのに、国王陛下の事情まで知るわけにはいかない。
すでに底なし沼に片足が沈んで抜け出せないような状態だろうが、ずぶずぶになるよりマシだろう。
「しかし、ミシャをひとりにするわけには――」
「ジェムがいますので、ご心配なく」
一瞬、ジェムは透明化の魔法を解いて、ヴィルに存在感を示す。
騎士が急かすので、ヴィルは短く「わかった」とだけ言って去っていった。
さて、どうしようか。
アリーセやノアと合流したいところだが、この人込みで見つけるのは無謀というものだろう。
エルノフィーレ殿下にも挨拶したいが、私がひとりでのこのこやってきたら、リジーを喜ばせてしまうことになる。
エルノフィーレ殿下とジルヴィードの周囲には大勢の人達がいた。すぐには近づけないだろうから、ヴィルが戻ってきてからでいいだろう。
少し時間を潰すために庭にでる。王城の庭園には魔法が使える庭師が栽培したと思われる、光る薔薇が咲いていた。灯りがなくとも、十分な明るさがあるわけだ。
きれいで感激してしまう。婚約者と連れ添って眺めたら、きっとロマンチックな気持ちになること間違いなしだろう。
ただ季節は冬で冷たい風が吹いているからか、庭を散策する変わり者は私以外いなかった。
途中、メイドが待機する東屋があった。ここは何かと尋ねたところ、軽食や飲み物を提供してくれる場所だという。参加者であれば誰でも利用できるらしい。
時間潰しをするのにうってつけの場所を発見したというわけだった。
朝からしっかり食べていたのに、気がつけばお腹はぺこぺこだ。
婚約発表の挨拶がひとまず終わったので、ホッとして体が空腹を訴えているのもあるのだろう。
軽食といってもさまざまなメニューが注文できるようだ。
さんざん迷った挙げ句、三種のキノコグラタンにした。
ジェムは透明化の魔法を解き、私と向かい合う。
グラタンを待つ間、ジェムは雪山課外授業の映像を見せてくれた。
みんなでスノーマンを作ったり、雪にジュースを垂らしてアイスを作ったり、と楽しい思い出を微笑ましい気持ちで眺める。
雪合戦の場面では、途中でジェムが魔法で雪玉を大量に作り、相手チームに投げつけるというチート技が炸裂し、大ブーイングとなったのだ。その場面が映し出されて笑ってしまう。
「改めて見ると酷いシーンだわ」
ジェムはわかっているのかいないのか、つぶらな瞳を向けていた。
「このあとが面白いのよね」
「何が面白いんだい?」
思いがけない方向から返事があったのでびっくりしてしまう。
やってきたのはジルヴィードだった。
「あなたは――」
「ミシャ、だったかな。さっきぶりだねえ」
ご一緒してもいいかと聞かれ、婚約者がいるからと言ってお断りをする。
「だったら俺は東屋の外に立っておくから」
そんなことをされたら気まずくってたまらなくなる。
メイドが戻ってきたら東屋内に待機させることを引き換えに、ジルヴィードとテーブルを囲むことになった。
「いやはや、ああいう格式張った場所は苦手でね。もしかして君もなの?」
「いえ、私は婚約者が席を外したので、戻ってくるまでに時間を潰そうと思いまして」
「寒くないの?」
「雪国育ちですので、この程度であればなんともありません」
「そっか」
運ばれてきたグラタンと一緒にジルヴィードも入ってきて椅子に腰を下ろす。
メイドが何か頼みますか? と聞いてきたが、開始前にたくさん食べてきたと言って断っていた。
ひとりで食べるのは気まずいのだが……。
ここでジルヴィードはジェムの存在に気づいたようだ。
「うわ、使い魔もいたんだ。スライム?」
「ええ、まあ」
本当は宝石スライムだが、深く話を聞かれると面倒なので否定しないでおいた。
ジェムは水まんじゅうのようなぽよぽよの体に変化し、スライム寄りの見た目に変化していく。私の嘘に付き合ってくれる優しい子だった。




