パーティー会場にて
皆、私がヴィルと婚約すると聞いて驚くだろう。誰もが貴賤結婚だと囁くに違いない。
ただこの婚約はエルノフィーレ殿下とヴィルの結婚を妨害するという、政略的なものだ。今回の作戦は国王陛下も後押ししてくれている。
家柄の差とか、育ちとか、気にする必要はない。
ヴィルの婚約者として、私にしかできないお務めとして、最後までやりきるしかない。
ただ、こういう大舞台は慣れていないので、ソワソワしてしまう。堂々としなければならないのに、きちんと振る舞えるか心配なのだ。
会場までの距離が妙に長いように感じる。
普段は履かないヒールの高い靴だからだろうか。それとも不安な気持ちが足かせとなっているのか。
ぐるぐると考えていたら、ヴィルが話しかけてくる。
「ミシャ」
「はい?」
「今日のドレス、よく似合っている」
「ありがとうございます」
褒められると照れてしまう。ドレス自体がすばらしいものだからと返すと、それを私が着ているからいいのだ、と返してくれた。
国王陛下とレディ・バイオレットのおかげでドレス問題は解決したのだ。ヴィルも褒めてくれたので、今の私には何も恥ずべき部分などない。
「いい色合いのドレスだ」
「ヴィル先輩の瞳の色をイメージして、選んでいただいたんです」
「そうだったのか」
「はい!」
ヴィルは嬉しそうに目を細める。
アリーセやノアの提案がきっかけでそういう流れになった、と状況を説明した。
「実を言えば、このポケットチーフはミシャの瞳の色を選んだんだ」
胸ポケットに差すポケットチーフは白が基本だが、今日は私との婚約をお披露目する日なので、特別に青にしたという。
「ぜんぜん気づいていませんでした!」
「意外と合うだろう?」
「はい、すてきです」
そんな会話をしているうちに、広間へ続く入り口へと行き着く。
侍従からの視線にヴィルが頷くと、扉が開かれた。
中にいた侍従が名前を読みあげてくれる。
「リンデンブルク大公家嫡男、ヴィルフリート様――及びリチュオル子爵令嬢、ミシャ様の入場です!」
よく通るはきはきした声だったので、会場中の視線が集まる。仰々しい入場となってしまった。
あっという間に人に囲まれてしまう。
最初にやってきたのは私の保護者であるレヴィアタン侯爵夫妻とご子息であり、騎士でもある長男エグモント卿、次男エグムント卿だった。
「どうも、お二方、健勝なようで何よりだ」
「レヴィアタン侯爵やご家族も元気そうで」
レヴィアタン侯爵と夫人はめったに社交界に姿を現さないようで、余計に注目を浴びていた。
ヴィルはにっこりと笑みを浮かべつつ、レヴィアタン侯爵に報告する。
「実はお伝えしたいことがあって」
「なんぞ?」
「彼女――ミシャ嬢と婚約が決まったと」
「おお、なんともめでたい! お似合いのふたりだ!」
レヴィアタン侯爵がそう言うと、夫人と兄弟も頷き、拍手してくれた。
周囲にいた人々はヴィルの報告を聞いて驚いた様子でいる。
すぐに気づいた。これは注目を徹底的に集め、私達の婚約を知らせるためのパフォーマンスだったのだと。
さすがヴィルである。その辺も計算なのだろう。
それから少しだけ言葉を交わすと、レヴィアタン侯爵家の面々はいなくなる。
待っていましたとばかりに、大勢の人々がおしかけてきた。
皆、ヴィルと私の婚約を祝福し、温かい言葉をかけてくれる。
最初にレヴィアタン侯爵家の方々が祝ってくれた効果なのだろう。というか、祝福しなければ許さない、とばかりの圧力があったのかもしれない。
人が途切れたタイミングで、エルノフィーレ殿下がやってくる。
彼女はジルヴィードと腕を組み、登場した。
真っ赤なドレスをまとった姿はなかったが、地味な茶色のドレスを着たリジーが続いているのを発見した。おそらくあのドレスを脱がないと参加させない、と言われてしぶしぶ着替えたのだろう。ふてくされたような表情が物語っている。
ヴィルはやってきたジルヴィードを見て、ぼそりと呟いた。
「あれは――信じがたいくらい似ているな」
近くにいた参列者達も、ちらちらとヴィルとジルヴィードを見比べている。
「少し似ている程度かと思っていたが、ここまでとは」
そんな中、ジルヴィードと腕を組むエルノフィーレ殿下は、これまで見たことがないくらいの優しい笑みを浮かべていた。




