手の付けようのない女
「ねえ、ミシャ。その人知ってる?」
「……いいえ、わからないわ」
「あたくしよりも先に通っているのに、あんなにいい男を知らないなんて、あんたの目は節穴?」
「そう、かもしれないわね」
元婚約者とリジーの不貞にも気づけなかったのだ。節穴で間違いないだろう。
視界の端でノアが怒りの形相でいたのに気づく。きっとノアはリジーの狙っている男性がヴィルだと勘づいたのだ。なんとか踏みとどまってくれているようだが、限界に違いない。早いところ撤退したほうがよさそう。
また後日、日を改めたほうがいいだろう。学校側にもエルノフィーレ殿下と鉢合わせになって選べなかった、と言えばいい。いろいろ察してくれることを期待しようではないか。
リジーは真っ赤なドレスを指差して、店員さんに要望を伝える。
「ねえ、これ、着たいんだけれど!」
店員さんは眉尻を下げ、申し訳なさそうに言った。
「試着ができますのは、顧客のお客様のみとなっております」
「なんだって!? このあたくしが誰かわかっているの? ツィルド伯爵の娘、リジーの名を知らないとは言わせないよ!」
店員さんはきっと柔和な表情の裏で、「知るわけあるか!」と思っているに違いない。
「エルノフィーレ殿下の侍女であるあたくしにそんな態度を取って、許されると思っているの!?」
まさに、虎の威を借る狐である。ことわざの見本にしたいくらいの発言だった。
ここは空気と化したかったのだが、だんだんと店員さんが気の毒になってくる。リジーの愚かな仲間だと思われたくないので、物申してみた。
「リジー、ここは普段、王家の方々が利用しているような歴史あるお店なの。一介の貴族が気軽に試着できるようなところではないのよ」
恥を知れ、恥を。なんて言いたい気持ちをぐっと堪えて優しく諭す。
「一介の貴族? あたくしは将来、大金持ちのいい男と結婚して、一目おかれるような女になるんだ! いつか王様よりも偉くなるかもしれない!」
「いやいや、ないないない」
「なんだって!?」
「いいえ、なんでもないわ」
どうしてここまで自己肯定感が高いのだろうか。私にも少し分けてほしい。
「ミシャ、あんたのほうこそ、この店に相応しくない! 早くでていってちょうだい!」
「いいえ、それはなりません。彼女は大事なお客様ですから」
あろうことか、店員さんがリジーに物申してくれた。
店員さんを助けるためにリジーに意見したのに、まさか逆の立場になるなんて。
「な、生意気な女! ツィルド伯爵に報告してやるからな!」
ここで店員さんがぱんぱんと手を叩くと、お店の奥から屈強な男達がぞろぞろやってくる。
「な、なんなんだ、あんたらは!」
「出入り禁止だ」
「はあ!? 出禁だって!?」
リジーは拳を振り上げて刃向かおうとしたものの、あっさりと躱される。
思いのほかすばしっこいリジーは店内をちょろちょろと走り回って、捕まえようとする手から逃れていた。
「ちょっと、捕まえる人を間違っているから!! 絶対にミシャのほうでしょう!?」
そう叫んでリジーは私のほうへやってきて腕を伸ばす。けれども私の透明化していたジェムがリジーの手をいなした。
私に触れる前に見えない何かの力で軌道が逸らされたので、リジーは驚いているようだった。
「へっ!?」
ジェムの見事ないなしでバランスを崩したリジーはあっという間に拘束された。
「ちょっと! 強く握らないで! 赤くなるでしょう!?」
「うるさい!!」
「うるさいのはあんた達のほうで――もがっ!」
最後は猿ぐつわか何か装着されたのか、大人しくなった。馬の嘶きと馬車が出発するような音が聞こえる。
「彼女は保護者のおうちに送り届けていただきますので、どうかご心配なく」
「ははは、どうも」
心配なんて欠片もしていなかったが、きちんと責任元に連行してくれるようでホッと胸をなで下ろした。
「その、ありがとうございました。あと、リジーが失礼を働いてしまい、本当に申し訳なかったです」
「いえいえ。お友達でもないお相手だったのでしょう?」
「まあ、はい」
店員さんは私だけでなく、アリーセとノアも気遣ってくれた。
「あなた方もあの女性がエルノフィーレ殿下の侍女だったので、何も言えなかったのでしょう?」
ふたりは同時に頷く。ノアなんかは特にリジーの言動を我慢していたからか、聖水をお店の前に撒きたいとまで言っていた。
それにしても、店員さんの察しのよさがとんでもない。さすが、王都で大人気のお店に勤めているだけある。
何はともあれ、問題は解決したのでゆっくり選ばせていただこう。
なんて考えていたら、驚きの提案を受けてしまった。
「では、個室にご案内しますね」
「え!?」
私とアリーセ、ノアの三人は揃って目が点となった。




