リジーの呼び出し
ヴィルと別れ、廊下を歩いていると、背後より声がかかる。
「ミシャ、いた!!」
振り返った先にいたのはリジーだった。
「リジー、エルノフィーレ殿下は?」
「知らない。なんだか金髪の男と話をしたいからって、追いだされた!」
金髪の男、というのはレナ殿下のことだろう。
「あの生意気女は追いださなかったのに、あたくしはダメって言うのが気に食わない!」
食い下がったようだが、エルノフィーレ殿下から「教室で待っていて」と言われ、しぶしぶ引き下がったらしい。
「それで、何?」
「何が!?」
「いや、あなたが用事があって、私に声をかけてきたのでしょう?」
「そう! ちょっと顔を貸して!!」
リジーはそう言って、空いていた自習室に私を連れ込む。
「ちょっとリジー! ここは勝手に使ってはいけないのよ。先生に許可を取らないと」
「ちょっとくらいいいに決まっている! いいからそこに座りなさい!」
言うことを聞きそうにないので、鳥翰魔法で利用申請書を飛ばしておく。
まったく、走りだしたら止まれない猪みたいな娘だ、と思ってしまった。
「ミシャ、あんた、あたくしに生意気な口を利いて、いったいどういうつもりなの?」
「だから言ったでしょう? 私は生徒を監督する義務がある、監督生なの」
「監督生って、なんなの?」
「忙しい先生の代わりに、生徒を見張って注意する権限を持つ人のこと」
「なんであんたなんかが、監督生なんだ!」
「選んだのは学校側だから、文句はそっちに言ってほしいわ。私はただ、任命された仕事をこなしているだけだから」
私が監督生の立場にいることが気に食わないのか、リジーは親指を噛みつつじろりと睨んでくる。
「ねえミシャ、あたくしにも、何か聞きたいことがあるんじゃない?」
「え、別にないけれど」
「は!?」
きっとリジーはどうしてツィルド伯爵の養女になったのかとか、なぜエルノフィーレ殿下のお付きに任命されたのか、聞いてほしいのだろう。
その回答のすべては彼女の自慢になりかねない。そのため、聞いてなんかやるものか! と心に決めていた。
「いいから、なんでも聞きなさい」
「じゃあ、授業、ついていけている?」
リジーはあくまでエルノフィーレ殿下のお付きで、魔法の基礎なんかない。
一応制服を着ているものの、正式な生徒扱いではないのだろう。
厳格な先生達が授業中に居眠りや欠伸を連発するリジーに注意をしても、厳しく叱らなかったので、そうなんだろうな、と勝手に推測している。
リジーは返す言葉が見つからなかったのだろう。顔を真っ赤にしながら、ぶるぶる震えていた。
そんな彼女を見ながら、私はどうしてルドルフの不貞に気づかなかったのだろうか、と疑問に思ってしまう。
ふたりの関係も、妊娠するまで隠し通せるほどリジーは器用ではないのに。
おそらくだが、私はルドルフにも、リジーにも、さほど興味がなかったのだろう。
結婚資金を稼ぐのに必死で、ふたりのことが見えていなかったのだ。
「そ、そうだ! ミシャ、あんた、ルドルフのことが気になるんじゃない?」
「ルドルフ?」
「そう! あんたの元婚約者の、ルドルフ!」
王都にやってきてからというもの、ルドルフがどうしているのかなんて一度も考えなかった。
毎日充実していたし、学校生活を楽しんでいたので、ルドルフのことなんか考える暇さえなかったのだ。
別に、ルドルフのことなんて気にならない。
そう言おうとする前に、リジーが勝手に話し始める。
「ルドルフのことは、捨ててやったんだ!」
「え?」
「別れたんだ」
「嘘、でしょう?」
かつてのリジーはルドルフに身を寄せ、嬉しそうに微笑んでいたのに、捨てただなんて。
「どうして?」
「だって彼、爵位も財産も、何も持っていないから」
リジーがルドルフに興味があった理由は、リチュオル子爵の財を手にする男だったから。
私と婚約破棄された今、彼に価値はなくなってしまったと言う。
「バカな男だったんだ。妊娠したと嘘をついたらあっさり信じて、ミシャからあたくしに乗り換えたんだから」
「に、妊娠は、嘘だったの!?」
「そうだよ」
私を第二夫人にするために、妊娠したと嘘までつくなんて。
信じられない。
「彼には、なんて言ったの?」
「流産したって言った。悲しそうに、泣いていたよ」
リジーは愉快だとばかりに、ルドルフに別れを告げた日について語る。
「あたくしはもっと、爵位と財産をたくさん持っている男を捕まえるんだ! そのために、ツィルド伯爵の養女になったんだよ!」
話を聞いていると、くらくらと目眩を覚えてしまう。
これ以上、付き合っていられない。そう思って退室する。
「ごめんなさい。具合が悪いから、教室に戻るわ」
私の青ざめた表情をリジーは見たかったのだろう。嬉しそうに見送ってくれた。
ふらふらしながら教室に戻り、次の授業の準備をする。
これ以上、リジーのやらかしに巻き込まれてはたまらない。
今後はなるべく関わらないようにしよう。




