クラスメイトとして
ジェムは驚かれるかもしれないので、姿消しの魔法を使っていただく。
ホイップ先生の先導で講堂にある貴賓室へ行き、エルノフィーレ殿下、リジーと会う。
リジーは私がここにいると知っていたのだろう。目が合った瞬間、にやりと笑っていた。
ルドルフから第二夫人の申し出があったときに見せたような、勝ち誇ったような笑みである。
ホイップ先生はすでに挨拶していたようで、慣れた様子で私を紹介してくれた。
「この子はうちのクラスに所属する監督生で、ミシャ・フォン・リチュオルというの。わからないことがあったら、ミシャに聞いてねえ」
エルノフィーレ殿下はスカートを軽く摘まんで上げ、優雅に挨拶してくれた。
私も同じように、敬意を込めて頭を下げる。
「ミシャ、こちらはリジー。エルノフィーレ殿下のお付きよお」
おまけのような紹介にリジーはムッとしていたが、ホイップ先生は気にせずに話を続ける。
「みんな、仲良く学校生活を送ってねえ」
エルノフィーレ殿下はこくりと頷き、リジーはホイップ先生を睨む。なんとも対照的なふたりだった。
なんというか、リジーのほうが王女みたいに堂々としているし、偉そうにしている。
エルノフィーレ殿下は控えめで静かな印象しかなかった。
ノアという婚約者がいるレナ殿下との結婚を目論む王女、なんて話を聞いていたが、それはルームーン側の大人の考えだったようだ。
エルノフィーレ殿下自身は、レナ殿下との結婚を望んでいるようには思えない。
話は終わったようなので、彼女達を教室まで案内しよう。
それが終わったら、私のお役目も終わるはずだ。
「では、教室に移動しましょうか」
「ここ、転移用の関門があるって聞いたけれど、それを使って校内を移動するの?」
リジーの質問にはホイップ先生が答えてくれた。
「関門は学校内の移動には使えないのよお。頑張って歩くしかないわあ」
「あたくし達、貴賓なのに!?」
自分で貴賓を名乗るなんて新しい。
そんなとんでも発言を聞いても、エルノフィーレ殿下はリジーに同意も非難もせず、静かにしていた。
「だったら、教室まで転移魔法で送って! あんた、エルフ族だろう? エルフ族は転移魔法が使えるって、誰かが言ってた」
リジーの喋りは付け焼き刃なのか、話を続けるとボロがでてくる。
それに本人も気づいていないのだから、問題だろう。
ホイップ先生はリジーの生意気な物言いにも、笑顔で応じていた。
「ふふ、転移魔法が使えるエルフ族はいるかもしれないわねえ。でも、私は使えないのよお。ごめんなさいねえ」
エルノフィーレ殿下は何も望んでいないのに、リジーが次から次へと我が儘を言ってくる。これではどちらが王女殿下かわからない。
「わたくしは歩けるので」
鈴が鳴るような美しい声で、エルノフィーレ殿下は言葉を発する。
これ以上、リジーが物申さないよう、発言してくれたのだろう。
女神様のようだ、と拝みたい気持ちになってしまった。
「では、ご案内しますね! こちらです」
廊下を歩きつつ、校内を案内しながら進んでいく。
「こちらは職員室で、向こう側にあるのが食堂、二階にある丸い窓があるのは図書室で――」
私の説明を話半分に聞いたリジーは、退屈そうに言葉を返す。
「魔法学校って言っても、校内はあんがい普通なのね。動く廊下くらいあると思っていたのに」
「動く廊下?」
「知らないの? ツィルド伯爵家にはあるのよ」
空港にあるみたいな、サイドウォークみたいなものなのか。
ここの世界では見た覚えはないのだが、あるところにはあるらしい。
「お義父様がルームーンから取り寄せた品だと自慢していたわ」
「そ、そう」
ルームーンは魔技巧品の文明が進んでいると聞いた覚えがある。
きっと現代日本に負けない品々が存在するのだろう。
「えーっと、エルノフィーレ殿下が育った王宮にも、動く廊下はあったのですか?」
そんな質問を投げかけると、想定外の答えが返ってくる。
「いいえ。わたくしが育ったところには、ないわ」
なんと返していいかわからず、黙りこんでしまった。
まさか、王宮に動く廊下がないなんて。
リジーがなんてことを聞くのか、と非難めいた視線を向けてくる。
事の発端はリジーの自慢話だったのだが、と思ったものの、これは完全に聞いた私が悪い。
エルノフィーレ殿下に謝罪し、心の中でも反省したのだった。




