ミシャの従姉、リジー
父からリジーとルドルフが王都にいったという話は聞いていた。
けれども、私は魔法学校に通っているし、リジーやルドルフは社交界に接点なんてないはずだから、会うこともないだろうと考えていたのだ。
それが今、リジーと出会うことになるなんて。
リジーは王女付きの侍女兼、魔法学校の生徒として紹介される。
あろうことかリジーは王女殿下よりも前にでて、自己紹介をし始めた。
「はじめまして、あたくしの名は、リジー・フォン・ツィルドです」
は!? と叫ばなかった私を褒めてほしい。
どこの誰がツィルド姓だって!?
叔父の娘であるリジーは、私と同じリチュオル姓のはずだ。
まさか叔父はリジーにエルノフィーレ殿下の侍女をさせるために、他家に養子にだしたのだろうか?
それにしても、ツィルドというのはどこかで聞き覚えがある……。
ツィルド、ツィルド、ツィルド――あ!!
思い出した。ツィルドというのは以前会ったことがある、叔父が仕えている貴族だ。
たしか、伯爵だったはず。
女性を多く侍らしていて、野心に溢れる空気を漂わせていた人物だ。
叔父を雇っている時点で、いい人そうには見えなかった。
まさかリジーが、ツィルド伯爵の養女になっていたなんて。
いや、待てよ。
養女ではなく、妻である可能性も否定できないだろう。
お腹の子どもはどうしたのか? もう大きくなって、服の上からでも目立つくらい育っているはずなのに。
もしかして、流産してしまったのだろうか。だとしたら、気の毒だけれど……。
彼女に関しては、わからないことだらけであった。
「ミシャ、ミシャ」
エアが私のローブの袖を引きつつ、声をかけてくる。
「な、何?」
「いや、顔が盛大に引きつっていたから、どうしたんだと思って」
「いえ……従姉が登場したから、驚いてしまって」
「今、喋っているの、ミシャの従姉なのか?」
「ええ、そうなの」
「ぜんぜん似てないな」
「ええ、そうね」
父と叔父が似ていないので、リジーと私の顔立ちの傾向は異なっている。
私はどちらかと言うと狸顔で、リジーは鼬顔なのだ。
いやいや、そんなことはいいとして。
「なんか、喋り方がぎこちなく聞こえるな。俺が話す貴族の言葉みたいだ」
「あれでもきれいになったほうだと思うわ」
リジーは母親の影響で、王都の下町訛りな話し方だった。
なんどか母が矯正しようとしていたものの、まったく治らなかったのである。
意地でも言葉を正さなかったのに、皆の前で喋る言葉は貴族社会で使うような美しいものだった。
おそらくツィルド伯爵の養女になるために、貴族的な喋り方を習ったに違いない。
「――みなさんと、仲良くなりたいと思っております」
エルノフィーレ殿下が会釈するだけだったのに、リジーは三分以上自己紹介していた。まったく呆れた話である。
校長先生も困った表情を浮かべていたが、エルノフィーレ殿下は目を伏せ、静かに佇んでいた。リジーを非難するような様子は見て取れない。
さすが王族だ。感情を表にださないよう、礼儀作法が叩き込まれているのだろう。
やっとのことでリジーの挨拶が終わった。
校長先生と共にエルノフィーレ殿下とリジーは下がっていく。
入れ替わるように理事ことリンデンブルク大公が登場し、ありがたい話を聞かせてもらった。
その後、解散となる。
そのまま帰りたかったのに、私だけホイップ先生から講堂に残るように言われてしまう。
「ホイップ先生、なんですか?」
「ふふ、監督生の就任、おめでとう~」
「本当におめでたいと思っていますか?」
「最初に聞いたときは、お気の毒に~、とは思ったわあ」
ホイップ先生のこういう正直なところは好感が持てる。
本音で語ってくれる大人という存在は、子どもにとってありがたいものだ。
「そうそう、用事はねえ、転校生のエルノフィーレ殿下とリジーを教室まで案内してほしいのよお」
「はあ」
「とっても名誉でしょう~~?」
「ええ、そうですね」
一応、リジーが従姉であることをホイップ先生に伝えておく。
「彼女が? そうなのねえ」
「おそらくエルノフィーレ殿下の侍女になるために、養子か妻になったのだと思います」
「たいした野心家だわ~~」
「本当に、そう思います」
ちなみに学校側に提出されたリジーの書類には、独身とあった。
どうやら彼女はツィルド伯爵の妻ではなく養女、ということらしい。
「従姉と、ケンカしたらだめよお~」
「そうならないように努めます」
ただの従姉のリジーであれば、取っ組み合いのケンカになっても大した問題にはならない。けれども彼女は今、ツィルド伯爵の養女である。
そんなリジーに手をだしたとなれば、大きな事件になりかねない。
何を言われても、ルドルフを成敗した自慢の拳は封じておこう、と心に強く誓った。




