校長室へ
「校長先生って、いきなり行って会えるものなの? その、担任のホイップ先生に一回相談とかしなくてもいいのかしら?」
「問題ない。私が取り合ってみせるから」
「そ、そう?」
王太子であるレナ殿下だからこそ、先触れなしの面会が許されるのだろう。
ただ、用事があるのは私である。果たして、会っていいものなのか。
躊躇うような態度を見せたからか、レナ殿下は私の手を握ってずんずん校舎を歩いて行く。
私は監督生のローブを片手に、彼女のあとを付いて歩いた。
校長室の前に行き着くと、緊張してしまう。
「さあ、ミシャ、行こう」
「え、ええ」
レナ殿下が校長室の扉をノックすると、「どうぞ」という声が帰ってくる。
相手が誰か確認せずとも、入室を許可してくれたようだ。
ドキドキしながら扉を開くと、レナ殿下が優しく背中を押してくれる。
校長室に入った途端、レナ殿下自身は入らず、扉を閉めてしまった。
一緒にいてほしい、と訴える間もなかった。
恐る恐る校長先生のほうを見ると、優しく微笑みかけてくれる。どうやら朝からやってきても、迷惑ではなかったようだ。
どういうふうに説明すればいいのか迷っていたら、校長先生のほうから話しかけてくれた。
「ミシャ・フォン・リチュオル――ここにやってくると思っていたよ」
「私が、ですか?」
「ああ。君とヴィルフリート・フォン・リンデンブルクはよく似ているからね。彼も監督生に任命した朝、そうやって片手にローブを持って、ここにやってきたんだ」
まさかヴィルも校長先生と話にきていたなんて。
ただ、目的は異なる可能性がある。
「彼はね、どうして自分が監督生に任命されたのか、意味がわかっていないようだった。君も、ここにその理由について聞きにきたのでは?」
どうやら目的はヴィルと同じだったらしい。こくりと頷くと、校長先生は笑みを深めつつ「やっぱり」と言葉を返した。
「君は監督生に任命されて、光栄ではなかったのかい?」
「いえ、その、もったいないと言いますか、私よりも相応しい人がいるように思えてならなかったので、疑問に感じてしまいました」
「そうか」
品行方正で生徒全員の模範となるような生徒は、レナ殿下以外知らない。
彼女を差し置いて、私が監督生に選ばれる理由が謎でしかなかった。
「君も、ヴィルフリートと同じように、監督生は全生徒から憧れられるような者がなると思っていないか?」
「はい」
「実は違っていてね。監督生のイメージは、成績優秀で生徒の模範となり、カリスマ性のある者が選ばれるという印象が強いが、本来は生徒を監督し、騒動があれば解決できるような陰の実力者であってほしいんだ。君は入学以来、冷静に周囲を観察し、さまざまな事件を解決に導いてくれた。しかも、目立つことなく。監督生として、これ以上の逸材はいないと思っているよ」
まさかの評価に驚いてしまった。
「君は驚くほどヴィルフリートと似ている。いい監督生になってくれると、確信しているんだ」
「あ、ありがとうございます」
ただ、これまで私が目立たなかったのは、平々凡々な生徒だったからだ。
もしも監督生に任命された一学年として知れ渡ってしまえば、皆の注目を集めてしまうだろう。
「監督生として皆の意識が集まる中で、期待されるような働きができるのか、いささか心配ではありますが」
「君はすでにヴィルフリートの当番生で、これでもかと目立つ立場にいただろう? けれどもここぞというときに存在感を薄くして、問題解決に当たってくれたではないか」
「あ……そう、でしたね」
そうだった。私はヴィルの当番生として、これでもかと注目を浴びてきたのだ。
だんだん目立たなくなったのは、私の影の薄さのおかげだろう。
「始めこそ生徒達から注目されるだろうが、すぐに飽きてしまうだろう」
校長先生の言うとおり、私にはカリスマ性などないので、すぐに皆の興味は別に移ってしまうに違いない。どうやら私の心配は杞憂だったようだ。
「心配せずとも、今日、隣国ルームーンの第二王女が入学してくる。残念ながら、君の監督生の就任は霞んでしまうだろう」
「その、ルームーンの第二王女は今日、転入されるのですね」
「ああ、急遽、今日がいいと先方が希望したようで、予定がかなり早まったようだ」
心の準備もできないまま、ルームーンの第二王女がうちのクラスにやってくるらしい。
「何かしらの問題が起きるだろうから、君の働きに期待しているよ」
「――っ!!」
ここで校長先生の狙いに気づいてしまう。
ルームーンの第二王女に何かあったら大変なので、私を監督生にし、何かトラブルがあったときの解決に走らせるつもりだったのだ。
「あの、校長先生――」
監督生を辞退したいです、と言おうとした瞬間、チャイムが鳴る。
「ああ、教員達の朝の会が始まる時間だ」
校長先生は立ち上がり、こちらへ歩いてくると、肩をぽんと叩いた。
「では、頼むよ、リチュオル監督生」
「あっ、その――!」
訴える間もなく、校長先生は退室してしまった。
ひとり残された校長室で、頭を抱える。
どうやら私は、正式に監督生に任命されてしまったらしい。