ミシャの悩み
日本人として生を受け、死んでしまった私は記憶がない状態で異世界に生まれた。
そんな私、ミシャ・フォン・リチュオルの前世の記憶が戻ったきっかけは、婚約者だった男ルドルフの衝撃的な一言だった。
――リジーのお腹に僕の子がいる
あろうことか、ルドルフは従姉のリジーと関係を持ち、子どもを作ってしまったのだ。
それで婚約破棄となるのだろうが、ルドルフは違った。
私を第二夫人とし、このまま関係を続けようと提案したのだ。
さらに彼は、私が継承するはずだったリチュオル子爵の爵位や財産を、リジーが産んだ子どもに引き継がせたいと言ってのけた。
ここで、私の前世の記憶が蘇る。
前世の私も恋人からセカンドパートナーになってほしいと言われ、関係の継続を迫られたのだ。
生まれ変わっても、私の男運は悪いらしい。
呆れて言葉も失う私に、ルドルフは追い打ちをかけるような言葉を吐いた。
――ミシャは夜、何もしなくていい。その分、昼間は僕達の分まで精一杯働いてくれ
とんでもない提案を聞いた私の体は、自然と動いていた。
拳を握り、ルドルフの頬に思いっきりぶちこんでいたのだ。
彼の第二夫人になるなんて、お断りである。
そう説明するのに言葉なんていらない。
拳でわかりやすく伝えたのだ。
そんなわけで、ルドルフとの婚約を解消した私は、かねての夢だった魔法学校に通うことになった。
将来、国家魔法師になって、実家を支援するのが新しい夢となる。
リチュオル子爵の継承は、妹クレアと婚約者マリスに託すこととなった。
了承してくれたふたりには感謝しかない。
魔法学校ではさまざまな出会いがあった。
下町出身で、庶民的な部分で意気投合したエア。
女性であることを隠している王太子、レナ。
猫好きの公爵令嬢、アリーセ。
男性であることを隠し女子生徒として魔法学校に通うリンデンブルク大公子息、ノア。
そして、未来のリンデンブルク大公であり、監督生長であるヴィル。
咳き込んでいる彼を助けたことをはじまりとして絆を深め、最終的に婚約者として選ばれてしまったのだ。
隣国ルームーンの第二王女との結婚を回避するための暫定的な婚約だと思っているが、どうもヴィルは本気で私と結婚するつもりらしい。
もう結婚なんてこりごりだと思っていたのに、どうしてこうなってしまったのか。
さらに私は、学校側からのベネフィット――恩恵として、監督生に任命されてしまった。
魔法学校の成績は並で、カリスマ性やリーダーシップなどなく、目立たない生徒である私がどうして監督生に選ばれてしまったのか。
王都にやってきてからというもの、信じられない日々の連続である。
この先、どうか大きな事件になど巻き込まれずに、平々凡々な毎日を過ごせますように。
そう、神様に祈る他なかった。
◇◇◇
週明けの朝――私は監督生専用のローブを前に首を傾げていた。
なぜ、私がこれを賜ってしまったのか。
いくら考えてもわからない。
「う~~~ん、う~~~~~~ん、はあ」
でてくるのはうなり声とため息だけだった。
そんな中で、いつものようにレナ殿下がやってくる。
慌てて扉を開くと、さわやかな笑みを浮かべつつ挨拶してくれた。
「ミシャ、おはよう」
「おはよう」
すでに朝食の支度が調っていて、テーブルがあるほうへレナ殿下を誘う。
本日のメニューは、ふかふかパンケーキのベリーソース添え、双子の目玉焼きに厚切りベーコン、温サラダ。ワンプレートに盛り付けて提供する。
「今日の朝食もおいしそうだ」
「たくさん召し上がれ」
レナ殿下はパンケーキにたっぷりベリーソースを絡め、ぱくりと頬張る。
「こ、これは、おいしい! ミシャ、このベリーソースはどこで購入したんだ?」
「それは実家の母がくれた手作りの品なの」
私が大好きなスノー・ベリーを煮詰めたとっておきのソースなのだ。
「冬に収穫するベリーで、寒さの中で凍らないように、糖分をたっぷり蓄えるみたい」
「なるほど。だからこのように甘いのだな」
ラウライフ産のベリーソースをお気に召してくれて嬉しい。
レナ殿下のおかげで、かなり気が紛れたような気がする。
食後の薬草茶を飲んでいると、レナ殿下から想定外の質問を受ける。
「して、ミシャは何を悩んでいるのだろうか?」
「え? 私、何かおかしかった?」
「おかしいというか、会話が途切れたさいに、表情が暗くなっていたから」
「そ、そうだったの」
私の悩みは外に漏れだしていたようだ。
観念し、レナ殿下に打ち明けることにした。
「実は、監督生に選ばれてしまって」
「そうだったのか! ミシャ、おめでとう!」
やはり、監督生の就任は祝うべきことらしい。
私はそう思えなかったから、ここまで悩んでしまうのだろう。
「嬉しくないのか?」
「いえ、なんというか、どうして私が任命されたのかわからなくって」
「ならば、校長先生に理由を聞きに行けばいいのでは?」
それで納得できなければ、監督生の座を辞任できるという。
「たしか、監督生の就任は強制ではないはず」
「そうだったのね」
レナ殿下は私の手を握り、校長先生のもとに行こう、と誘ってくれた。




