ヴィルのお土産
「だったら、何を土産として持っていけばいい? あと、思いつくものと言えば、私が長年蒐集している上位魔法が展開できる魔法札しか……」
そう言ってヴィルが広げたのは、大爆発や暴風雪、大竜巻などの、伝説級の魔法が使えるという魔法札だった。
「幼少期から集めていた物だが、ミシャとの結婚を許してもらうためだ、致し方ない」
「いやいやいや、待ってください! こんなもの、何ひとつとして必要ないんです!」
そう訴えると、ヴィルはわけがわからない、とばかりに小首を傾げていた。
むしろヴィルの身一つでも、両親にとってはたいそうなお土産だろう。
「まず、客人がラウライフに行き着くこと自体が奇跡なんです。お土産なんて、そもそも必要ないんですよ」
「それはラウライフへ遊びに行く者達の事情だろう。私はミシャとの婚約を許可してもらわなければならないから、それに見合う品を用意する義務があるのだ」
どうしてもヴィルは両親にお土産を渡したいらしい。
けれども金の延べ棒や希少な魔法札を受け取っても、使い道なんてないに等しいだろう。
彼を納得させるお土産がないものか、と考えていたら、奇跡的にパッと閃いた。
「でしたら、一緒にお菓子を作りませんか?」
「菓子、だと?」
「はい! 家族は甘い物が大好物なんです」
「そうだったのか。知っていたら、国中の有名菓子店から菓子を買い集めていたというのに」
家族が甘い物好きだということを、ヴィルが知らなくてよかった。心からそう思ったのだった。
今後のためにも、念のため釘を刺しておく。
「その、家族は高級なお菓子を食べるとお腹を壊してしまうので、こう、なんというか、家庭の素朴な味が一番好きなんです」
「そうだったのか! 知らなかった!」
このような条件を言っておけば、ヴィルが家族のために高級なお菓子を買い集めて贈るということもないだろう。
だんだんヴィルとの付き合い方がわかってきたような気がする。
「して、ミシャのご家族はどのようなお菓子を好んでいるのか?」
「そうですね……」
このあとラウライフに出発するので、パイやタルトなど、手の込んだお菓子を作っている時間はない。パッとできて、家族が好きなお菓子とは――?
「ミシャとご家族の思い出の味などあるのだろうか?」
「思い出の……あ!」
家族みんなが大好きなお菓子があったのを思い出す。
「ロックケーキを作りましょう」
「ロック……岩のケーキ、か?」
「はい。岩みたいにごつごつして、歯ごたえがあるお菓子なんです」
ケーキと言うが、見た目も味もスコーンとクッキーを思わせるようなお菓子だ。
ジェムに頼んでキッチンに変化してもらい、外で調理を開始する。
「作り方はとっても簡単なんです」
幼少期、ごっこ遊びに夢中だった私と妹クレアは、厨房に入り浸って料理人の真似事ばかりしていたのだ。
邪魔だっただろうに、料理人は嫌がりもせず、いろいろな料理を教えてくれた。
「ロックケーキもそのひとつだったんです」
幼い頃の私とクレアが作れたくらい、簡単なお菓子なのだ。
「材料は小麦粉と砂糖、ふくらし粉、バター、乾燥果物、卵、牛乳、バニラオイル――」
まずはバターを溶かしてやわらかくさせ、材料すべてを入れたボウルに流し込む。
「あとは、へらを使って混ぜるだけです」
材料が多いので混ぜるのは大変だが、ヴィルは力強くへらを操る。
あっという間に混ざった生地を、油を薄く塗った天板に並べておく。
「こう、生地をちぎっては投げ、ちぎっては投げ、とこんな感じで」
「型抜きするわけではないのだな」
「ええ。生地を薄く伸ばす必要もありません」
ただ、焼いているうちに生地が広がってしまうので、間隔を空けておくのがポイントだ。
「あとは温めておいた窯で二十分くらい焼きます」
生地がこんがりきつね色になったら完成だ。
薬草茶を淹れ、ヴィルと一緒に窯の前で暖を取りながら飲む。
「ミシャは故郷で、このようなお菓子を作って食べていたのだな」
「ええ。ロックケーキに入れる材料は、主に冬の蓄えの余りだったんです」
乾燥果物だったり、ナッツだったり、茶葉だったり。
通常のロックケーキは砕いたチョコレートを入れているようだが、我が家では一度もお目にかかった覚えがない。
「ラウライフでチョコレートは、命の糧だったんです」
凍えるような寒さの中では、ただそこに立っているだけでもエネルギーを消費する。
そのため、外で作業をするときはチョコレートを持って、エネルギー補給をこまめにしつつ活動するのが決まり事だ。
「そんなわけで、チョコレートがお菓子に使われることはほぼほぼありませんでした」
改めて、ラウライフでの暮らしは特殊だったんだな、と思い至る。
「不思議な気分です。冬の夜空がこんなにも美しいだなんて、思う余裕のない場所で暮らしていましたから」
空には満天の星が広がっている。ここまで美しい星空が見られる夜は珍しいらしい。
ヴィルと寄り添い、薬草茶を飲みつつ、うっとり眺めたのだった。
焼き上がったロックケーキは粗熱が取れたあと、バスケットに詰める。
「これでお土産の心配はいりませんね」
「そうだな」
満足げに頷くヴィルの様子が確認できたので、ホッと胸をなで下ろす。
ヴィルが納得するお土産が提案できてよかった、と心から思ったのだった。




