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困った事態

 いったいなぜ、このような事態になってしまったのか。

 ただヴィルの求婚は初めてではない。

 以前、結婚を申し込まれたときには、しばし考えさせてくれとも言った。ただ答えを出すのはもっと先だと思っていたのだ。

 ヴィルの婚約者だなんてたいそうなお役目なんぞに任命されたら、やっかみや嫉妬を買ってしまうに決まっている。

 女子生徒全員……いいや、社交界全体の女性陣から反感を抱かれるに違いないのだ。

 他に頼める人はいなかったのか、と考えるも、ヴィルが抱える事情を知っていて、かつ、未来の大公夫人になりたいという野心を抱かない都合がいい女なんて、世界のどこを探しても私しかいないのだろう。

 だからといって、はいそーですか、と安請け合いできるものではない。

 ジェムならば反対してくれるだろう、と思って見てみると――あろうことか、触手を伸ばして拍手をしているではないか!

 どうしてこういうときだけ歓迎ムードなのか。普段であれば焼き餅を焼いて何かしらの行動を起こすくせに。

 もしかしたらジェムは心の中でヴィルのことを認めているのかもしれない。


 私が思考を巡らせている間も、ヴィルは片膝を突いた状態でただ一点、私を見つめていた。

 おそらく私が婚約者役を引き受ける、と言うまでてこを使ってでも動かないつもりだろう。

 なんというか、彼は私を困らせる天才だと思った。


「あの、ひとつ質問なのですが、大公家ともなれば、結婚相手は王族かそれに準ずる高い身分のお方が選ばれるのではないのですか?」

「そうであれば、私には幼少期から王家か親が決めた婚約者がいるだろう」


 ぐうの音も出ないような言葉を返されてしまう。

 ヴィルは十九歳で、すでに結婚適齢期。婚約者がいてもおかしくない年頃だ。

 いまだにいないのは、彼の存在をよく思わない誰かが結婚による権力の増大を恐れ、婚姻話を妨害しているからなのかもしれない。


「父にはすでにミシャについて話している。家柄についていろいろ言ってきたが、ミシャの実家に婿入りすると言ったら、何も言わなくなった」

「そ、そうだったのですね」


 突然、辺境の子爵家の娘と結婚したいと言われて、リンデンブルク大公は驚いたことだろう。手塩にかけて育てた息子が余所へ婿入りすると宣言されてしまえば、どんなに饒舌な人でも言葉を失ってしまうに違いない。


 大反対すると思われていたリンデンブルク大公が、すでに陥落されていたあとだったなんて。

 あと、頼りにできるのは実家の父しかいない。


「わ、私の父はなんと言うか……」

「では、休日に許可を取りに行こう。ミシャの実家があるラウライフまでセイクリッドに乗ったとしても片道十時間ほどかかるが、夜間に移動したら眠っている間に到着するから」


 なんでもヴィルの使い魔であるセイクリッドは馬車のような車を運ぶこともできるらしい。ぜんぜん揺れないので、横になってゆっくり睡眠を取ることができるようだ。


「その、セイクリッドの負担にはなりませんか?」

「竜族だから、負担になんてなるわけがないだろう。それにセイクリッドは以前からずっと、ミシャを長時間乗せたいと言って聞かないのだ」


 まさかセイクリッドからそこまで熱望されていたなんて……。

 どうしようか考える。

 ヴィルを助けてあげたい気持ちはあるものの、心の中にある警鐘がカンカンと音を鳴らしているのだ。

 王女の件もあるが、一度ヴィルの婚約者になったら彼から逃げられないような気がしてならない。

 別にヴィルが嫌なわけではない。彼の次期大公という地位が大問題なのだ。

 ごくごく普通の一般市民であれば、喜んで婚約していただろう。

 ヴィルを見ると、雨の日に捨てられた子犬のような目で見つめていた。

 情に訴える作戦に出始めたようだ。そんな目で見つめられたら、はっきり断ることもできなくなる。

 もういっそのこと、父に最後の砦になってもらおうか。

 故郷への行き来も、十時間でできるというし。二日間の休日を利用したら、そこまで無理がある話でもないだろう。


「わかりました。では、実家の父に、お伺いを立ててみましょう」

「いいのか!?」

「ええ」

「ミシャ、ありがとう!!」


 まだ婚約者になると決まったわけではないのに、ヴィルの表情はパッと明るくなった。それだけでなく、私を優しく抱きしめる。


「かならず、ミシャの父君を説得してみせるから!」


 お願いだから本気をださないでほしい、と心の中で願ったのだった。

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