帰ってきたヴィル
後日、私とノアはヴィルに呼び出され、ベネフィットを賜ることとなった。
初めてベネフィットを貰ったノアは、学校の最上階にあるレストランの利用券だったようだ。
私には後日、何か届くようで楽しみにしているようにと言われてしまった。
いったい何が贈られるというのか。ドキドキしながら待つしかない。
「ふたりとも、三学年が不在の中、学校の平和のためによく頑張った」
ヴィルの言葉を聞いたノアは、瞳をウルウルさせて感極まった様子でいる。
「ノアはよくミシャを支えたと聞いている。兄として誇らしい気持ちだ」
「は、はい!」
「今後もミシャと仲良くしてほしい」
「そのつもりです!」
ヴィルはノアの頭を撫でて、優しい瞳を向けている。
入学したさいに見た殺伐としたヴィルと、社交界デビューで出会った高慢なノアとは思えない。ふたりとも、短い期間で穏やかになったものである。
「ノア、先に教室に戻ってくれ。このあとミシャと話があるから」
「はい!」
ノアは元気よく返事をすると、あっさり退室していった。
ジェムは教室の壁に張り付いていないので、ふたりっきりとなってしまう。
「ミシャ、少しいいだろうか?」
「はい?」
いったい何を、と聞き返したつもりだったが、了承したとみなされてしまったようだ。
ヴィルは何を思ったのか、私をぎゅーっと抱きしめる。
「なっ、えっ、ええ!?」
いったいなんの抱擁なのか、と聞きたかったのに、驚き過ぎて言葉にならなかった。
「ミシャと数日会っていなかったから、こうでもしないと不安が解消されそうになくて」
「な、なんですか、それは!?」
「ミシャは私と会えなくって、寂しくなかったのか?」
「寂しかったですけれど!」
まさか残れと言われて抱擁されるとは思いもしなかった。
「嫌だったか?」
「嫌ではないです」
むしろホッとするような気がする。
私もヴィルと会っていない中、知らないうちに不安な気持ちが渦巻いていたようだ。
しばらくすると、ヴィルは私から離れる。
温もりが名残惜しいと思ってしまったが、すぐになんてはしたないことを考えてしまったのか、と心の中で反省する。
以前もここでヴィルと抱き合っているところを、理事長から目撃されてしまったのだ。
「ヴィル、こちらのお部屋は、こういうことをする場所ではないですよ」
「私のために与えられた部屋なのに?」
「この前も、理事長に発見されたでしょう」
「ああ、あったなそんなことが」
ヴィルは当時を思い出したのか、遠い目で窓の外に視線を向けていた。
そのまま目をそらした状態で腕を組みながら、とんでもないことを言ってくれる。
「あの日以降、私が許可した者以外入ってこられないよう、結界を張っている。父――理事長は入ってこられない」
「なんて酷いことをなさるのですか」
「酷くない。むしろ、邪魔をしてきた理事長のほうが酷いだろう」
反抗期なのだろうか。仲良くしてほしいのだが。
「前置きが長くなった」
ようやく本題へと移ってくれるらしい。
ヴィルは座るように言ってくれたが、自らの膝をぽんぽん叩いたのは無視した。
長椅子に腰掛け、ヴィルの話に耳を傾ける。
「数日前に、国王陛下が目覚められたということで、呼び出しを受けた」
なんでも国王陛下の容態はよくなるどころか、悪くなっているらしい。
「ルームーン大国はその話を聞きつけて、王女を留学させようと目論んだのだろう、と陛下はおっしゃっていた」
当然ながら、レナ殿下とルームーンの第二王女の結婚は許すつもりなどないらしい。
国王陛下はレナ殿下の性別の件を知らずとも、結婚させる気はなかったようだ。
「もしも王太子であるレナハルトと結婚させない場合、別の問題が発生する可能性があるらしい」
「それは私が聞いてもいい話なのですか?」
「むしろミシャも当事者と言ってもいい」
いったい何が起こるというのか。嫌な予感しかしない。
「レナが結婚を断った場合、ルームーンの第二王女はタダでは帰れないだろうから、結婚相手のターゲットを変えるだろう、と国王陛下は断言していた」
国内で王位継承権を持ち、ルームーンの第二王女と同じくらいの年頃の未婚男性といえば、ヴィルしかいない。
「私はルームーンの第二王女と結婚するつもりなどない。父の意向は聞いていないが、国王陛下もルームーン大国の王族と私の婚姻を結ばせる意思はないようだ」
ただ、具体的な理由もなく断っては角が立ってしまう。
「つまり、私は婚約者を立てなければならなくなった」
ヴィルは立ち上がって私の前で片膝を突くと、まっすぐ見つめてくる。
そして、私の手を包み込むように優しく握りながら、とんでもないことをおっしゃった。
「ミシャ、私の婚約者になってほしい」
なんだってーーーーー!? と叫ばなかった私を、誰か褒めてほしい。