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婚約者から「第二夫人になって欲しい」と言われ、キレて拳(グーパン)で懲らしめたのちに、王都にある魔法学校に入学した話  作者: 江本マシメサ
三部・第四章 いたずらしているのは誰か?

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元使役妖精の事情について

 元使役妖精は大人しくカステラが冷えるのを待っているようだった。

 こうしている様子を見ていると、悪い子には見えない。

 私達を監視しているホイップ先生は、何も声をかけずに見守っている。どうするのか任せてくれているのだろう。

 果たして、どの捕まえ方が正解なのか。

 もっとも捕獲率が高いのは、気配を遮断したジェムに捕まえさせることだろう。

 ただ、捕まえたあと再び封印されても、この子は自分の力で外にでることができる。

 再びこのようなことを繰り返されたら学校側も困るだろう。

 封印されるだけならばまだマシだ。

 魔法の研究機関などに送られたら、どういう扱いを受けるかわからない。

 この子は言葉を解し、喋ることができる。

 ノアに私に任せて、という視線を送り、話しかけてみることにした。


「ねえ、あなた。どうして逃げ回っているの?」


 元使役妖精は話しかけられるとは思っていなかったのだろう。目を丸くし、私を見つめている。


「あの、私の言葉、わかるかしら?」

『わかる。でも、人間に話しかけられたの、初めてだったから、びっくりした』


 おそらくこれまで人間側の命令しか耳にしていなかったのだろう。

 互いに利益がある使い魔の契約とは異なり、一方的に制圧するような契約は奴隷のような扱いを受けると聞いたことがあった。

 この子の契約はおそらく後者だったに違いない。


『人間、誰?』

「私? ミシャよ。ミシャ・フォン・リチュオル」

「ちょっ、ミシャさん!」


 ノアが口を塞いだが、もうすべて言ってしまったあとである。

 魔法使いにとって名前は重要な呪文のひとつだ。

 もしも相手の実力が上で、邪悪な思想を持っていた場合、支配下に置かれてしまうのだ。

 そのため、魔法使いの中には本名を明かさない者もいるという。

 授業でしっかり習っていたので知っていた。

 私はあえて、この子の信用を得るために名乗ったのだ。


『ミシャ?』

「ええ、そうよ」


 私をじっと見つめる元使役妖精の瞳から、敵対心のようなものは感じない。

 やはり、名乗って正解だったようだ。

 ホッとしている私の背後で、ジェムが思いがけない行動にでる。


『ミシャ! ミシャ! ミシャーーーー!』


 元使役妖精に対抗し、ジェムも私の名前を呼び始めたのだ。それだけでなく、想定外の名を叫んだ。


『ゆいなーーー!!』

「ちょっ、待ってそれ!!」


 ゆいな――結菜というのは前世の名前である。

 どうしてジェムが前世の名前まで知っているのか。

 ひとまずこれ以上、前世の名を口にすることを止めないといけない。


「ジェム、わかった。わかったから!」


 にゃーと鳴いたり、ピンポンと音をだしたり、私の前世の名前を叫んだり、ジェムのやることはまったく想像がつかない。

 まだ、胸がバクバクしている。

 前世の名前なんて、記憶から消えていたのに、一気に漢字まで思い出してしまったではないか。

 そんなことよりも、こんなに騒いだら元使役妖精が驚くのではないか。そう思っていたが、大人しく座っていた。

 もうそろそろカステラも冷えた頃だろう。


「もう冷えたわ。どうぞ召し上がって」

『わーい!』


 元使役妖精は嬉しそうにカステラを食べ始める。

 たった三口で食べてしまったようだ。


『おいしーい!』

「よかったわ」


 よほどお気に召してくれたのか、手のひらについた欠片までもぺろぺろと舐めていた。


「まだ食べる?」

『食べる!!』


 もう一切れカットしたものを差しだす。

 さっきと同じようにパクパク食べていたが、途中で動きを止めた。


「どうしたの?」

『みんなにも、あげないと』

「みんなって?」

『仲間。ここで働いていた』


 おそらく仲間というのは学校で働く使役妖精のことだろう。


「みんなの分も用意するから、あなたはそれを食べなさい」

『いいの!?』

「ええ。たくさんあるから、大丈夫よ」


 食べやすいよう小さくカットしてあげる。それをハンカチに包んで、元使役妖精の背中に結んであげた。


『ありがとー』

「いえいえ」


 このまま立ち去るかと思いきや、元使役妖精はちょこんと座ったまま動こうとしない。


『さっきの話』

「ん?」

『なんで逃げているかってこと』

「聞かせてくれるの?」

『うん』


 どうやら話してくれる気になったらしい。

 いったい何が目的なのだろうか。耳を傾ける。


『ある日、声が聞こえた』

「声?」

『そう』


 それは辛い、きつい、疲れた――という同族の嘆きの声だったという。


『みんな、契約で縛られているから、やっていることを放棄できなかったから、助けてあげようと思って外にでた』


 まず、元使役妖精は自身にかかっている契約を破棄したらしい。


『ここの契約は特殊。人とではなく、建物と契約を交わしている』

「そうだったのね」


 以前読んだ書物に、家猫妖精は家との契約によって縛られている、という内容を読んだ覚えがあった。同じように、校舎を契約のかなめとし、縛り付けていたのだろう。

 人と契約した場合、その人物が死んでしまえば拘束はなくなる。しかしながら建物と契約を交わした場合は、壊れない限り有効なのだろう。

 ただそれの契約の穴を、元使役妖精は発見したようだ。


『契約の要を上手く破壊すれば、契約はなくなるんだ』


 元使役妖精の場合、美術室の壁に飾られているヴァイザー魔法学校の十八代目校長の肖像画だったらしい。

 額の裏に描かれた魔法陣を暖炉に放り込めば、契約はなくなったようだ。


「っていうか、歴代校長の肖像画、一枚減っていたんだ」

「たくさんあるから一枚くらいなくなっても、わからないわよね」


 自由の身となった元使役妖精は、仲間達と合流し、契約の要を探し回ることとなる。


「それで途中で先生達にバレて、追いかけ回されていたってわけね」

『そう』


 悪さをすることが目的ではなかったようだ。

 ならば、この子達に罪はないのではないか、と思ってしまった。


 この子を含めて、使役妖精達を保護して、改めてどうするか考えたほうがいいのかもしれない。


「ねえ、あなた。私と一緒にこない?」

『え?』

「カステラ焼いてあげるから」


 そんな誘い文句に乗るのか、と思ったが、元使役妖精は即決で『いく!!』と言ってくれた。

 手を差し伸べると、ちょこん、と腕にしがみついてくれる。

 抱き上げてホイップ先生のところへ戻ろう。

 そう思った瞬間、調理室の扉が勢いよく開かれた。


「見つけた!!」


 筋骨隆々の魔法体育の教師が、目をぎらつかせながら迫ってきた。

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