使役妖精を捕まえよう!
元使役妖精による被害は現在、仕事放棄のみらしい。
食品や金品が盗まれた被害はないという。
そのため、ホイップ先生は私達の罠にかかったことを驚いていたのだろう。
「中庭にはもういないわよね?」
「わからない」
元魔法生物は賢い生き物のようだが、念のため、もう一度中庭に戻って同じ罠を仕掛けてみることにした。
「どういう罠にする? 寮の部屋に戻ったら、他のお菓子とかあるけれど」
「私のお菓子にしましょう。ノアさんのお菓子を使うのはもったいないわ」
「ミシャさんのお菓子でももったいないんだけれど!」
カステラを盗まれたことを思い出したようで、ノアは眉をつり上げ、怒りの形相を浮かべた。
「絶対に許さない!!」
「どうどう、落ち着いて」
冷静さを失ったら捕獲なんてとてもできないだろう。
「この事件が解決したら、みんなを招いてカステラパーティをしましょう」
「何それ!? 楽しそう!!」
「でしょう?」
「誰を誘うの?」
「エアとアリーセ――」
「レナ様と、お兄様も!」
「はいはい、みんなでやりましょうね」
「絶対だよ!」
カステラパーティを開催するために、怪我だけは絶対にしないよう、ノアに言っておく。
「怒りで我を忘れないで」
「うん。さっきみたいな失敗はしないから」
そんな話をしつつ、中庭へと戻っていると、猫耳ローブを着用した先生の姿を発見してしまう。
長身で筋骨隆々な魔法体育教師だった。
生地が破れてしまいそうなくらいパツンパツンになっていて、丈も短いのかミニスカートみたいになっている。
ホイップ先生の言うとおり、まったく似合っていない。
先生は虫かごをポシェットのように提げ、虫取り網を握ってキョロキョロ辺りを見回している。その様子は不審者のごとく……。
なんだか見てはいけないものを目にしたようで、このまま顔を合わせたくなかった。ノアも同様にうんざりした表情でいる。
「ノアさん、窓から外にでましょう?」
「いいの?」
「問題ないわ」
すぐ傍には二学年の上級生が清掃活動をしている。けれども彼らに私達の姿や声は聞こえない。
先生達だって、元使役妖精探しをするのに必死で、私達の存在に気づいていなかった。
「窓から外にでるなんて初めてなんだけれど」
「そうなの? 私は故郷でよくしていたわ」
玄関が遠くて面倒なときは、窓から外にでていたのだ。
「いくわよ」
「う、うん」
私は窓枠に足をかけ、一気に登る。そして外へ飛び降りた。
「ノアさん、いけそう?」
「頑張る」
ノアはこういうことをするのは初めてなのだろう。のろのろと慎重な様子で窓枠に登り、意を決したように飛び降りてきた。
「けっこう高いな――わっ!!」
「危ない!!」
体勢を崩して落ちてきたが、ジェムがクッションになって受け止めてくれた。
「ノアさん、その、大丈夫?」
大切な未来の王妃にとんでもないことをさせてしまった。
ノアを覗き込むと、驚いた表情を浮かべている。
けれども私と目が合うと、楽しそうに笑った。
「なんだこれ! 面白いじゃん」
「そ、そう? よかった」
ノアを受け止めてくれたジェムに感謝する。
命令せずとも、私が望むことを感じ取ってくれたようだ。
「いきましょう」
「そうだね」
窓の外にあった研究棟を横切る。そこにはたくさんの生徒達がいたが、猫耳ローブの効果で誰も目視できない。
近道をして中庭へと到着した。
「さて、どんな罠を仕掛けようかしら?」
「古典的な罠にしない?」
「穴を掘る系の?」
「そう!」
「いいわね。試してみましょう」
ノアは使い魔であるモグラ妖精のマオルヴルフを召喚し、穴を掘らせる。
私はジェムの中に収納していたカステラを取りだし、細かくちぎっていった。
「こんなものか」
「もう掘ったの?」
「うん。傑作だから見てみて」
穴を覗き込むと、思っていた以上に深かった。
「これは、落ちたくない穴ね」
「でしょう?」
一応、元使役妖精が怪我しないよう、枯れ葉をクッション代わりに入れておく。
あとは細い枝を穴に蓋をするように重ね、そっと土を被せる。
いい感じに枯れ葉を被せておけば、その辺の状態と変わらなくなった。
「これ、私達も穴の位置がわからなくなりそうね」
「だったらここにだけファイアー・リーフを置いておこう」
「いい考えね」
仕上げにカステラを散らすばかりだ。
「こんな方法で、本当に姿を現すのかしら?」
「やってくると思うよ。ミシャさんが焼いたカステラは、一度食べたらやみつきになるから」
「そうだといいけれど」
ヘンゼルとグレーテルみたいに、カステラの欠片を転々と落としていく。
罠の上にはカステラを一切れ置いておいた。
「よし、完成ね」
「我ながら、素晴らしい仕上がりだ」
あとは元使役妖精を待つばかりだ。
私達は少し離れた場所から、罠にかかるのを見守る。
「……暇ね」
「……暇だ」
自習でもしながら待とうか。
なんて話をしていたら、ジェムが私の肩を触手でぽんぽん叩き、遠くを指差す。
「う、嘘でしょう?」
元使役妖精が姿を現したのだ。
両手にカステラの欠片を抱え、のこのこやってきたわけである。




