休み時間のお楽しみ
「はあ、やっと休み時間だ。疲れた!」
普段やらないような作業なので、余計にそう思ってしまうのだろう。
「お茶を飲んで一息つきましょう」
「カフェテリアにでも行くの?」
「そんなところに行っていたら、往復するだけで休み時間が終わってしまうわ」
「だったらどこで飲むの?」
「ここでよ」
ベンチの上で薄く伸びていたジェムにお願いすると、魔石ポットや茶器一式を取りだしてくれた。
「うわ、ミシャさんのジェムって、収納魔法も使えるんだ」
「そうなの。重宝しているのよ」
「僕は収納魔法が付与されたポーチを持っているんだけれど、一日に一回魔力を入れないといけないから、けっこう面倒なんだよね」
そう言って、ノアはポケットに入れていた小さなポーチを見せてくれた。
大きなリボンがついていて、中心にブリリアントカットされた魔宝石が輝いている。
「え、かわいい!」
「いいでしょう? 誕生日に買ってもらったんだ」
「いいなー」
そんな会話をしていると、ジェムが突然光る。
「えっ、眩しっ!!」
「な、何事なの!?」
光が収まったあと、ジェムはブリリアントカットされた宝石型に変化していた。
「ミシャさん、何、これ?」
「ジェムはなんにでもライバル意識を燃やすのよ。私が褒めたから、自分も変化できると主張したかったのね」
「そうなんだ」
ジェムに向かって「あなたが一番きれいよ」と褒めると、すぐに元の形状に戻った。
気を取り直して、お茶を淹れよう。
魔石ポットの中に水筒の水を注ぎ、呪文を指先で摩る。すると一瞬でお湯が沸いた。
ポットに茶葉を入れ、お湯をたっぷり注いだ。
「ミシャさん、それ、なんのお茶?」
「ローズマリーよ」
疲れを回復させ、集中力を高める効能があるのだ。
「今の僕にぴったりな一杯ってわけだ」
「そうね」
ノアは何か思い出したのかハッとなり、収納魔法が付与されたポーチを探る。
「昨日、実家から届いた焼き菓子を入れていたんだ。一緒に食べよう」
ごそごそと探っていたが、見つからないようだ。
「あれ、どうして? 確かに入れていたのに」
「私が焼いたカステラがあるわ。ひとまずこっちを食べましょう」
「いいの?」
「ええ」
一昨日焼いたカステラは日を置くことによってふわふわになる。
食べ頃のカステラを頬張ったノアは、瞳をキラキラ輝かせた。
「何これ、おいしい!」
「よかったわ」
これまでいろいろなお菓子を食べているノアのお口に合うか心配だったのだ。
「カステラってお菓子、初めて聞いたかも」
「あ――そう?」
日本ではメジャーなお菓子だったが、たしか語源は国の名前だったような気がする。
似たようなお菓子はあるだろうが、カステラという名前ではないだろう。
「生地はふかふかしていて、表面にざくざくしたお砂糖がちりばめられていて、本当においしい」
ノアはうっとりとカステラを見つめ、最後の一口を惜しんでいるように見えた。
「たくさんあるから、まだ食べる?」
「いいの?」
「ええ、どうぞ」
ノアは刺繍が美しいハンカチを広げ、カステラを丁寧に包む。それを大事そうにポーチの中へとしまっていた。
「今食べないの?」
「うん。休み時間が終わるから、あとでゆっくり食べるの」
「そ、そう」
そこまで気に入ってくれたとは光栄だ。
「ローズマリーのお茶もおいしかった。なんだか元気になったような気がする」
「続きも頑張りましょう」
「そうだね」
それから二限目もせっせと中庭を掃除していく。
二回目の休み時間にノアはカステラを食べようと、いそいそとした様子でポーチを探っていた。
「あれ、ない! ミシャさんから貰ったカステラがなくなっている!」
「え!?」
先ほど、ノアがポーチに入れるところは私も見ていた。
しかしながら探せども探せども、カステラは見つからない。
「誰かが盗んだんだ! そうに違いない!」
「収納魔法がかかったポーチ内から、使用者にバレずに盗むことってできるの?」
「不可能だ! でも、僕の焼き菓子とカステラはなくなった!」
「いったい誰がそんなことをしたのかしら?」
「僕らに接近した人はいなかったはずだけれど……」
近くにある渡り廊下を通る生徒はいたが、中庭へやってきた人すらいなかったのだ。
「もしかして、使役妖精の仕業とか?」
「ありえる!」
仕事を放棄して盗みを働いていたとしたら一大事である。
「ただ決めつけるのも悪いわね」
「まずは次の時間にお菓子をベンチに放置して、なくなるか実験してみる?」
「いいわね」
ただ、あとで食べようとしていたお菓子を盗まれるのは癪である。
「そうだわ! ノアさん、いいお菓子があるの!」
「何?」
ジェムに預けていたあるものを取りだしてもらった。
「そ、それは!?」
「魔菓子よ」
降誕祭のシーズンに学校から配布された、炎を噴く激辛チップスである。購買部で販売されているお菓子の中でも過激な一品だ。
このときに噴く炎は本物ではなく、幻術によるものらしい。そのため、燃え移ることはない。ただただ辛いだけのお菓子なのだ。
「ミシャさん、いいお菓子を持っていたんだね」
「ええ。もしものときに、取っておいたのよ」
そんなわけで、ベンチに炎を噴く激辛チップスを置いて作業を開始する。
果たして、こんな単純な仕掛けに引っかかるのだろうか。
そんな心配をしていたら、ベンチのほうから悲鳴が聞こえてきた。