誕生日当日
朝からヴィルがやってきて、料理を手伝ってくれた。
調理は外でジェムが変化した台所で行っていた。少々寒いだろうが、我慢していただくしかない。
ヴィルに任せたのは、練りパイを使ったジャガイモと鮭のパイ。ディルという薬草で風味付けをするのがポイントである。
私のほうの折りパイは、焼きリンゴにしていたリンゴをまるごと包む、キャラメルリンゴパイだ。すでに焼きリンゴは作っていたので、包んで焼くばかりとなっている。
他にも、料理を次々と完成させ、アリーセが選んでくれたとっておきのお皿に盛り付ける。
その辺はヴィルが担当してくれたので、オシャレな料理へ変貌を遂げた。
あっという間に時間は過ぎ、ノアとアリーセ、レナ殿下も合流する。
ノアはレナ殿下だけでなく、ヴィルもいるので、緊張しているようだった。
大丈夫なのか心配になってぽんと肩を叩いたら、ヴィルがこちらを凝視していることに気づいて、ノアと一緒に「ヒッ!!」と悲鳴をあげてしまった。
皆で温室にテーブルと椅子、料理を運んで、サプライズの最後の仕込みを行う。
アリーセは趣味のいいテーブルクロスに、輝く銀のカトラリー、花柄が美しいティーセットなど、すばらしいテーブルウェアの数々を用意していた。
「アリーセ、さすがだわ」
「おかしいところはないでしょうか?」
「そ、それは、レナ殿下かヴィル先輩に聞いたほうがいいかも」
心配そうにしていたアリーセだったが、レナ殿下が大丈夫だと声をかけると安堵の表情を浮かべていた。
レナ殿下は果物の盛り合わせを差し入れしてくれたので、テーブルがよりいっそう華やかになる。
今の季節にこんなにたくさんの果物があるなんて。さすが、王族である。
最後に、ノアがケーキを運んできた。
マルチパンで作ったリザードが勇ましい、とっておきの溶岩ケーキである。
溶岩はチョコレートで、ケーキから流れるマグマはベリーソースで作ったらしい。
「すごいわ! きっとエアも喜ぶはずよ」
「当たり前だ」
ノアは本性丸出しの様子で胸を張る。そんな様子を、レナ殿下とヴィルは温かい目で見守っていた。
そしてついに、エアがやってくる。
「ミシャー、温室の中にいるのかー?」
ジェムに頼んで、エアを温室内に誘導してもらう。
「うわ、ジェム、なんだ!? お、おい、俺を担ぎ上げるな!」
優しく誘導してほしい、とお願いしたのだが、ジェムはエアを抱えた状態で登場した。
温室に入った途端に、声を合わせる。
――エア、お誕生日、おめでとう!!
この世界にクラッカーはないので、紙で作った花びらを振りかける。
エアは私だけでなく、たくさんの人達が温室にいたので驚いていた。
「え? は? なんだ?」
まだ、状況が上手く飲み込めていないらしい。私が説明する。
「みんながエアの誕生日を祝うために、集まってくれたの」
「俺の、誕生日?」
「ええ、そうよ」
ノアが溶岩ケーキを差しだし、にっこり微笑む。
「うちの菓子職人が、愛を込めて焼いたケーキだ。存分に味わうように」
チョコレートでできたプレートには、エア、十八歳の誕生日おめでとう! と書かれてあった。そこで、ようやく自分の誕生パーティーが開かれるのだと理解したようだ。
ノアからケーキを受け取ったエアは、感極まった様子でいる。
「リザードがケーキに載ってる! こんなの、見たことがない!」
作戦は大成功だった。振り返ったノアとハイタッチを交わした。
「俺のために、みんな、集まってくれたんだ」
「そうよ。贈り物もあるの」
ヴィルとレナ殿下も用意してくれたようだが、何を買ってきたのか。気になるところである。
私からはゴーレム作成キット、ノアからは空に文字が書けるペン、アリーセからはアイテムが生る苗が贈られた。
「うわあ、どれも最高の贈り物だ。ありがとう!」
続いて、ヴィルから贈られたのは守護魔法が付与されたお守りだった。
「大けがレベルであれば、回避できるだろう」
「ありがとうございます!」
ただ、一度守護魔法が発動したら壊れてしまうようなので、頼り過ぎないように、とヴィルは注意を促す。
レナ殿下は分厚い魔法書を差しだしていた。
「火魔法について書かれた書物だ。きっと役に立つだろう」
「これ、読んでみたかったやつだ!」
図書室にもあるようだが、人気の書物でいつも貸し出し中になっていたらしい。
みんなからの贈り物を胸に抱え、エアは瞳をうるうるさせていた。
「俺……こんなふうに誕生日を祝ってもらったのは、はじめてで……」
これまで世界中の子ども達が、誕生日を家族から祝ってもらえるものだと思い込んでいた。
エアの言葉を聞いて、そうではなかったのだ、と気づく。
「すごく、うれしい。みんな、ありがとう」
微笑んでくれたエアを見ながら、誕生パーティーを計画してよかった、と心から思ったのだった。
「エア、ケーキ以外にも、ごちそうを用意したのよ。食べましょう」
「ああ、そうだな」
エアは嬉しそうにケーキを頬張り、おいしいと大絶賛していた。ノアは「うちの菓子職人が作ったんだから、おいしいのは当たり前だ」なんて言っていたものの、とても嬉しそうだった。
アリーセが頑張ったテーブルウェアの数々にも、エアは気づく。
「食器とか、テーブルクロスとか、すごく豪勢だ」
「アリーセが頑張ってくれたの」
「さすがだな」
エアに褒められ、アリーセは満面の笑みを浮かべる。
料理はどれもおいしく仕上がっていて、ヴィルが朝から焼いてくれたジャガイモと鮭のパイは大好評だった。
楽しい時間は、あっという間に過ぎていく。
最後に、エアは私達に言葉をかけてくれた。
「みんな、俺の誕生日を祝ってくれて、ありがとう。すごく嬉しかった」
人生の中でもっとも幸せな日だったと言われ、私達も感極まってしまう。
最後はアリーセやノアと一緒にエアを抱きしめ、感動をわかち合ったのだった。